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狩衣 かりぎぬ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

狩衣
かりぎぬ

10~19世紀にかけて公家の男子が用いた和服。また,武家時代には武士の礼服としても用いられ,現在は神宮の装いとして残っている。盤領 (あげくび) で広袖,脇は縫い合せておらず,袖つけの前方があいていて後方でわずかにつながっている。元来,民間の狩猟用の私服として発達したものであったから,公服のような服制はなく,色,文様,地質全般にわたって自由であったが,応徳3 (1086) 年以来,狩衣で院参が許されたので一定のならわしができた。地質は浮織物を最高とし,色も自由であったが,重ねの色目で四季相応の名称をつけた。

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デジタル大辞泉の解説

かり‐ぎぬ【狩衣】

《もと、狩りなどのときに着用したところから》古代・中世、公家が常用した略服胡服(こふく)系の盤領(まるえり)で、前身頃(まえみごろ)と袖が離れており、袖口にくくりの緒がついている。布製であるところから布衣(ほうい)とよんだが、平安後期になると、野外の出行や院参に華麗な絹織物が使われるようになり、位階・年齢に相応したものを用いる慣習を生じた。近世では、有文裏打ちを狩衣とよび、無文の裏無しを布衣とよんで区別した。狩襖(かりあお)。

かり‐ごろも【狩衣】

[名]狩りのときの服。かりぎぬ。
「秋の野の露わけきたる―葎(むぐら)しげれる宿にかこつな」〈・手習〉
[枕]「裁つ」「着る」「掛く」「裾」「紐(ひも)」の縁から、あるいは乱れたり傷んだりするものであるところから、「乱る」「立つ」「裾野」「日も」などにかかる。
「―乱れて袖にうつりゆく」〈夫木・一一〉
「―たち憂き花のかげに来て」〈玉葉集・旅〉

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百科事典マイペディアの解説

狩衣【かりぎぬ】

平安時代以来の装束の一種。狩襖とも。袖(そで)と身ごろが離れ,背後で5寸(約15cm)ばかり連結した闕腋(けってき)衣の系統で,袖口には袖括(くくり)の紐(ひも)があるのを特色とする。
→関連項目えびす(夷/恵比寿/戎)水干布衣礼服

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世界大百科事典 第2版の解説

かりぎぬ【狩衣】

平安時代以来の装束の一種。闕腋衣(けつてきい)の系統で,袖と身ごろが離れていて,ただ背後の上方が少しく連結しているにすぎない。そして袖口には袖くくりのひもがあるのを特色とする。奈良時代以来闕腋袍(ほう)が武官朝服に採用されたのは,その形が動作に便であったからで,狩衣はこの闕腋衣のさらに活動的でしかも簡単な形式のものであった。つまり上代一般に民間服として用いられていた私服で,この衣の下には裾くくりのある袴(こ)をはいた。

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大辞林 第三版の解説

かりぎぬ【狩衣】

〔もと、狩りなどのときに着たところから〕
盤領まるえりで脇を縫い合わせず、くくり緒のある袖が後ろ身頃にわずかに付いているだけの衣服。地質は、布を用いるので布衣ほいとも呼んだが、のちに絹綾きぬあやのものもできた。平安時代には公家の平常の略服であったが、鎌倉時代以後は公家・武家ともに正服、または礼服として用いた。現在は、神官の服装に見られる。狩襖かりあお。かりごろも。

かりごろも【狩衣】

( 名 )
「かりぎぬ」の歌語。 「秋の野の露わけ来たる-/源氏 手習
〔「かり」に「仮」の意をかけて〕 旅の衣装。また、旅。 「 -、知らぬ道すぢを尋ねて/浮世草子・一代男 3
( 枕詞 )
狩衣の裾すその意で「裾野」に、また狩衣の紐ひもの意から同音の「日も」にかかる。 「 -裾野もふかし/新勅撰
狩衣を裁つ意から、同音の「立つ」にかかる。 「 -たち憂き花のかげにきて/玉葉
狩衣は乱れやすいので「みだる」「おどろ」にかかる。 「 -乱れにけりな梓弓/続古今 秋上

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

狩衣
かりぎぬ

公家(くげ)の衣服の一種。平常着として使われた。元来狩猟に用いた布製の上衣で、猟衣とか雁衣とも書かれ、奈良時代から平安時代初期にかけて用いられた襖(あお)を原型としたものであるため、狩襖(かりあお)ともいわれた。両腋(わき)のあいた仕立ての闕腋(けってき)であるが、袍(ほう)の身頃(みごろ)が二幅(ふたの)でつくられているのに対して、狩衣は身頃が一幅で身幅が狭いため、袖(そで)を後ろ身頃にわずかに縫い付け、肩から前身頃にかけてあけたままの仕立て方となっている。平安時代後期になると絹織物製の狩衣も使われ、布(麻)製のものを布衣(ほい)とよぶようになった。狩衣の着装は腰に帯を当てて前に回して締めるが、この帯を当帯(あておび)または当腰(あてこし)とよんだ。
 狩衣は上皇、親王、諸臣の殿上人(てんじょうびと)以上が用い、地下(じげ)は布衣を着た。狩衣姿で参朝することはできなかったが、院参は許されていた。狩衣装束の構成は烏帽子(えぼし)、狩衣、衣、単(ひとえ)、指貫(さしぬき)、下袴(したばかま)、扇、帖紙(じょうし)、浅沓(あさぐつ)で、衣を省略することもあり、指貫より幅の狭い狩袴をはくこともあった。狩衣に冠は用いられないが、検非違使(けびいし)は服装の簡略化に伴って白襖(しらあお)(白の狩衣)に冠をかぶり、布衣冠と称したものを用いることがあった。殿上人以上は裏をつけた袷(あわせ)の狩衣を用いたが、地下は裏をつけない単のものしか着られなかった。地質については、平安後期以降、華美な狩衣を用いることもあった。公卿(くぎょう)以上に二陪(ふたえ)織物、公卿家以上の若年に浮織物、殿上人以上に固織物(かたおりもの)(先染めの綾)、練り薄物(生経練緯(きだてねりぬき)(こく))、顕文紗(けんもんしゃ)などの使用が許された。
 色目は自由で好みによるが、当色以外のものを用い、袷の場合は表地と裏地の組合せによる襲(かさね)色目とした。室町時代の有職(ゆうそく)書『雁衣抄』に、たとえば春に梅は表白、裏蘇芳(すおう)。桜は表白、裏花色。裏山吹は表黄、裏紅。藤は表薄紫、裏青。夏に菖蒲(しょうぶ)は表青、裏濃紅梅。桔梗(ききょう)は表二藍(ふたあい)、裏青。女郎花(おみなえし)は表黄、裏青。秋に檀(まゆみ)は表蘇芳、裏黄。竜胆(りんどう)は表薄蘇芳、裏青。白菊は表白、裏蘇芳。青紅葉(あおもみじ)は表青、裏朽葉(くちば)、冬に松重(まつがさね)は表青、裏蘇芳。枯色(かれいろ)は表香、裏青。四季通用の赤色は表蘇芳、裏縹(はなだ)。檜皮(ひわだ)色は表蘇芳、裏二藍。海松(みる)色は表黒、裏黒青とある。
 行動の便を考えて、狩衣の袖口に括(くく)りの緒を差し通し、それを引き締めて手首に結ぶようにしたが、袷の狩衣の袖括りはしだいに形式的なものとなって装飾化し、殿上人以上のものには年齢による区別が生じた。15歳までは、置括りといって白と赤、赤と黄、黄と青、紫と青など2本ずつの左右撚(よ)りの紐(ひも)を通してから広げ、毛抜形にして縫い止めたものと、2本ずつ左右より淡路(あわじ)結びとし、さらにその間を梅花または藤花形に結んで縫い止めたものとがある。
 16歳より40歳までは薄平(うすひら)といって、薄平たく組んだ紐を差し通したが、その色は紫(むらさきだん)(紫と白のだんだら)、萌葱(もえぎ)、櫨(はじ)、楝(おうち)(紫・萌葱・白のだんだら)などであった。40歳以上は厚細(あつぼそ)といって、細いが肉の厚い組紐で、その色は黄、縹(はなだ)、紺、香などであった。また宿老(50歳以上)は白の左右撚りの紐。極老人は、籠(こめ)括りといって、括りの緒を袖口の中に入れて先端の部分の露(つゆ)といわれるもののみ袖の下より垂らした。地下の袖括りは年齢にかかわらず白左右撚りで、また殿上人も単の狩衣には白左右撚りを用いた。[高田倭男]

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世界大百科事典内の狩衣の言及

【衣】より

…衣服一般の名称のほか,とくに直衣(のうし)や狩衣(かりぎぬ)の下着をいう場合がある。古来,絹を〈きぬ〉とよみ,また衣をも〈きぬ〉と称したが,衣服の場合,その地質の名称や加工の過程が衣の名称になることは後世にもその例が多い。…

【染色】より

…その代り摺染が下級者の文様表現として愛好され,それは後世に蛮絵(ばんえ)と呼ばれる技法に発展している。おもしろいのは牛飼いなど下級者の晴れの狩衣に,裏形というものが用いられたことである。裏形の実態は明らかでないが,おそらく裏に摺染をして,表に写ったおぼろげな形を文様効果としたものと思われる。…

【能】より

能面
【能装束】
 能装束は実生活の被服から出発して,しだいに舞台専用の形状と用法を備えるにいたったものである。たとえば公家の使用する狩衣(かりぎぬ)は,身ごろも袖も1幅半であるが,能装束では完全に2幅となっている。また長絹(ちようけん)は公家用の直垂(ひたたれ)から出たものであろうが,能ではさまざまな使用法をくふうしている。…

【服装】より

…布袴は束帯のうち表袴をやめて指貫(さしぬき)に代えたもので,衣冠はこの布袴をさらに簡略にしたもので,これらの服装に着用された指貫は,奈良時代の括緒袴(くくりおのはかま)に由来するものであった。 当時の公家日常の服装としては直衣(のうし),狩衣(かりぎぬ)などがあった。藤原氏一門の繁栄にともなって,唐風模倣を離れて独特な服装が発達した。…

【布衣】より

…〈ほい〉ともいう。公家では狩衣(かりぎぬ)の別称で,たとえば上皇が禅位後はじめて狩衣を着る儀式を布衣始(ほういはじめ)という。布衣という称呼は,狩衣が正式の服ではなく,身分の低いものの服装から生まれた野外用の略装であったからであろう。…

※「狩衣」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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