縁先など家の外回りの開口部に用いる戸。風雨に対する保護、夜間の用心、保温を目的とする。16世紀には縁先の柱間に建てられた引き違いの板戸であったが、17世紀に入って戸袋(とぶくろ)をもち、一本溝の敷居、鴨居(かもい)に建てる形式がつくられた。二条城二の丸御殿(ごてん)のものが現存するもっとも古い例である。町屋(まちや)の店先では、江戸時代以来、柱間に上から落とし込む形式を用いている地域が多い。この場合、戸は上部の指物(さしもの)裏に収める。板戸は框(かまち)と桟(さん)の表に板を張っていたが、現在は防火のため金属製となり、保温材を内側に張ったものが多い。形式も一筋の敷居、鴨居で、戸を収める場所をもつことは変わらないが、横引きのシャッター状のもの、屏風(びょうぶ)式に畳むものなどがくふうされている。板戸の場合、戸締りには戸袋に近い最後の1枚に猿(さる)(戸の上下の框、桟につけた上下する材で、戸を閉じたとき敷居あるいは鴨居の小穴に押し込んで戸を動かなくする)を用いる。上等な仕事では、竪框(たてがまち)を凹凸にしゃくって互いにかみ合わせ、横猿でつなぐ。敷居には、滑りをよくし摩耗を少なくするため樫(かし)の板を沈める。
[平井 聖]
和風建築の開口部の外側に設ける板戸で,一本溝の敷居の上を走り,不用時には戸袋に納められるのが普通である。戸締りのためには〈上げ猿〉や〈落し猿〉を用いる。雨戸が創案されたのは桃山時代で,豊臣秀吉の聚楽第で用いられたのはその早い例である。それ以前は開口部の柱間に3本溝の敷鴨居を用い,外側に板戸を2枚,その内側に障子を1枚入れていた。しかしこの方法では開放できるのは柱間の半分だけで,残りの半分は板戸によってふさがれてしまう。雨戸が発明され,板戸を戸袋に収納することによって,すべての開口部からの採光を可能にしたのである。和風住宅の特徴である開放的な空間の実現には,雨戸が大きく貢献したといえる。
執筆者:清水 拡
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…和風の住宅で,主室と屋外の間にある板張りまたは畳敷きの副次的な空間のこと。通常は主室との間を明障子(あかりしようじ),外部との間をガラス戸と雨戸で仕切り,主室の補助に使うが,連続させて廊下(通路)を兼ねさせることもある。日本の住宅では古墳時代から,主室の前に簀の子(すのこ)の広縁を設けていた。…
…張付壁,襖障子,格天井には金箔地に濃彩の絵が描かれ,欄間には彫刻を彫り彩色をほどこし,長押(なげし)の釘隠(くぎかくし)をはじめ諸所に飾金具を打ち,諸座敷は華麗な色彩と光で豪華によそおわれた。外回りの建具は引違障子(舞良戸(まいらど)と明障子(あかりしようじ)の併用または腰高障子)をたて,また雨戸が発明されて外縁を内縁に転化する工夫が加えられた。このような大規模の書院造遺構は二条城二の丸殿舎,西本願寺表書院に典型的作例を見いだせる。…
…平安後期には〈襖(ふすま)〉が登場し,〈明障子(あかりしようじ)〉(現在の障子)が現れるのも平安末期である(図3)。また〈雨戸〉は桃山時代以降のものである。室町以降の書院造を基本とする和風住宅では回転式の扉はほとんど使われないが,社寺では伝統的に扉の用いられる例が多い。…
※「雨戸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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