出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
廃寺。平安末期に皇室の御願寺(ごがんじ)として京都東山岡崎付近に建立された六勝寺(ろくしょうじ)(「勝」の字のつく六つの寺院の総称)の最初にして最大の寺。1077年(承暦1)白河(しらかわ)天皇の御願で建てられ、顕・密・浄・禅の各宗の要素を総合した大伽藍(がらん)であった。のちたびたび火災にあい、そのつど復興されたものの、応仁(おうにん)の乱ののちはついに再興の企てなく、1590年(天正18)比叡山(ひえいざん)坂本の西教寺(さいきょうじ)に併合された。
[平井俊榮]
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…求心堂平面をもつ堂は平安前期に円仁によって建立された比叡山の常行(じようぎよう)三昧堂のように中心に仏壇をおき,周囲1間通りに行道できる庇(ひさし)をめぐらし,さらに孫庇をめぐらした方五間堂の省略形から発展したとも考えられる。その左右に翼廊を付し,前面に苑池を設けた形は1053年(天喜1)に藤原頼通が造営した平等院阿弥陀堂(鳳凰堂)で,白河天皇の法勝寺(1077)や藤原基衡の平泉毛越(もうつ)寺(1150ころ)なども浄土になぞらえて,苑池に面する伽藍とされた。小型の方三間堂(阿弥陀堂)は全国各地に設けられ,京都法界寺阿弥陀堂は方5間に裳階(もこし)を付した発展形式をもつ。…
…人口8366(1995)。日野川支流の法勝寺(ほつしようじ)川上・中流域に位置する。中心集落の法勝寺は江戸時代には米子と山陽,上方を結ぶ街道の宿場町で,付近で生産される砂鉄の集散地としてにぎわった。…
…(3)後期 中期の藤原摂関家に代わって後期には白河,鳥羽,後白河の3院が豊富な財力を造寺・造仏事業に注いだ。1077年(承暦1)に供養された鴨川東の白河法勝(ほつしよう)寺は白河天皇が創建し,道長の法成寺をしのぐ壮大な伽藍であった。金堂は左右に回廊を付属し鳳凰堂に似た構成をそなえ,南の大池に浮かぶ中島には八角九重塔がそびえ,西岸に九体阿弥陀堂,金堂背面に講堂,五大堂,七仏薬師堂などが群立していた。…
…〈りくしょうじ〉ともいう。法勝(ほつしよう)寺,尊勝寺,最勝寺,円勝寺,成勝(じようしよう)寺,延勝寺の6寺。1075年(承保2)白河天皇の発願で法勝寺の造営が開始されて以後,1149年(久安5)延勝寺が落成するまで,白河親政・同院政・鳥羽院政期に,白河,堀河,鳥羽,崇徳(すとく),近衛の5天皇と鳥羽中宮待賢門院藤原璋子の6人の発願によって建立された。…
※「法勝寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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