浄智寺(読み)ジョウチジ

百科事典マイペディアの解説

浄智寺【じょうちじ】

鎌倉市にある臨済宗円覚寺(えんかくじ)派の寺。本尊阿弥陀・釈迦・弥勒の三世如来。鎌倉五山の一つ。1283年北条宗政(ほうじょうむねまさ)夫人が夫の菩提を弔うために創建。開山兀庵普寧(ごったんふねい),実際の開山は南州宏海(なんしゅうこうかい)とも。1863年円覚寺の兼帯寺となり,明治以降は円覚寺の境外塔頭的存在。木造地蔵菩薩座像などは重要文化財,境内は国指定史跡。

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デジタル大辞泉プラスの解説

浄智寺

神奈川県鎌倉市にある寺院。臨済宗円覚寺派。正称、金峰山浄智荘厳(しょうごん)禅寺。本尊は三世仏(阿弥陀如来釈迦如来、弥勒如来)。1281年に没した北条宗政の菩提を弔うため建立された。境内は国の史跡に指定。

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大辞林 第三版の解説

じょうちじ【浄智寺】

鎌倉市山内にある臨済宗円覚寺派の寺。山号、金峰山。鎌倉五山の一。1283年北条宗政の三周忌に開山と伝える。勧請開山は宋僧の兀庵普寧ごつたんふねい

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

浄智寺
じょうちじ

神奈川県鎌倉市山ノ内にある臨済(りんざい)宗円覚寺(えんがくじ)派の寺。正式には金宝山(きんぽうざん)浄智荘厳(しょうごん)禅寺という。本尊は阿弥陀(あみだ)・釈迦(しゃか)・弥勒(みろく)の三世仏。北条師時(もろとき)が1281年(弘安4)に没した父宗政のため創建。兀庵普寧(ごったんふねい)を故開山、大休正念(だいきゅうしょうねん)を勧請(かんじょう)開山、南洲宏海(なんしゅうこうかい)を準開山とする。南洲が開山であるが、嗣法の師兀庵と、宗政三回忌の導師大休に敬意を表してである。1299年(正安1)北条貞時(さだとき)によって鎌倉五山の寺格が与えられ、のち1386年(元中3・至徳3)足利義満(あしかがよしみつ)が五山位次を制定し、当寺は鎌倉五山の第四位に定められ、夢窓疎石(そせき)、清拙正澄(せいせつしょうちょう)、竺仙梵僊(じくせんぼんせん)らの高僧が住持した。ことに夢窓は1305年(嘉元3)浄智寺住持の高峰顕日(こうほうけんにち)に参禅して、この寺で印可を受けた。しかし室町末期には足利氏の衰勢とともに寺運が衰え、小田原北条氏も寺領7貫文余を給するにとどまった。
 寺宝の木造地蔵菩薩(ぼさつ)像、玉隠英(ぎょくいんえいよ)筆の紙本墨書西来庵(さいらいあん)修造勧進(かんじん)状1巻は国の重要文化財、暦応(れきおう)3年(1340)銘の銅鐘は県文化財。境内は国史跡。また境内に鎌倉十井(じっせい)の一つ「甘露(かんろ)の井」がある。[菅沼 晃]

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世界大百科事典内の浄智寺の言及

【鎌倉五山】より

…鎌倉にある臨済宗の五大禅刹,すなわち建長寺円覚寺,寿福寺,浄智寺,浄妙寺をいい,京都五山に対する。中国南宋代の五山官寺制度が,日本に移植されたのは鎌倉時代末期のことで,1299年(正安1)執権北条貞時が浄智寺を五山に列したのが史料上の初見である。…

※「浄智寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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