本宮,新宮,那智の熊野三山の神仏や社殿を描いた垂迹(すいじやく)画。春日曼荼羅などと同様に,宮曼荼羅,本地仏曼荼羅,垂迹神曼荼羅などの形式がある。平安時代も院政期になると,上皇や貴族の熊野詣が盛んになり,熊野の地自体が観音の補陀落(ふだらく)浄土であるという考えも生まれた。また熊野十二所の祭神も権現としてそれぞれの本地仏が定められるようになる。《長秋記》長承3年(1134)2月1日条には,本宮の本地仏は阿弥陀で垂迹神は法体,新宮は薬師で俗体,那智は千手観音で女体など,十二所すべてにわたって記述されている。祭神は神像として彫刻され,本地仏は鏡像,懸仏(かけぼとけ)(御正体)として礼拝されたが,平安後期には絵画としての曼荼羅はまだ生まれていない。鎌倉時代に入り,熊野の風景を背に本地仏を描いた本地仏曼荼羅が製作された。《熊野本地仏曼荼羅》(高山寺)は胎蔵界曼荼羅のような八葉の蓮台に本地仏を配するが,これは懸仏を参考にして制作されたことを示唆する。同じころ,社殿や風景を描いた宮曼荼羅も作られた。鎌倉末期になると,信仰の隆盛とともに曼荼羅も多様化し,本地仏を祭神に換えた垂迹神曼荼羅,さらに混合型である本迹曼荼羅と展開する。また本地仏のうち,特に本宮証誠殿の阿弥陀だけを強調して,山越阿弥陀のように描く《熊野影向(ようごう)図》(檀王法林寺)も現れ,熊野こそ阿弥陀,観音の浄土であると主張する。他方,宮曼荼羅は定型化する反面,那智滝のみを描いたものが生まれた。《那智滝図》(根津美術館)は神体である滝を自然描写する点,すぐれた風景画であるが,同時に滝口に月輪を描くことで,滝が飛滝(ひりよう)/(ひろう)権現であることを示す。
→垂迹美術
執筆者:川村 知行
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
熊野信仰にまつわる神仏習合曼荼羅の一種。この対は吉野曼荼羅。熊野三山(和歌山県東牟婁(ひがしむろ)郡)、すなわち熊野坐神(にますかみ)(本宮)、熊野速玉大神(はやたまおおかみ)(新宮)、熊野夫須美大神(ふすみのおおかみ)(那智(なち))の主祭神(熊野三所権現(さんしょごんげん))を含めた十三所権現(滝宮を除いて十二所権現の場合もある)の本地仏や社殿の景色などを組み合わせた曼荼羅。構図などにより次の3系統に分けられる。
(1)本地仏曼荼羅 胎蔵界中台八葉院形式の高山寺(こうざんじ)本や竜泉院本、上下の社殿に本地仏などを配した熊野那智神社本、西教寺(さいきょうじ)本、湯神(ゆの)神社本、静嘉堂(せいかどう)本がある。
(2)宮曼荼羅 自然景と三所権現を遠望した聖護院(しょうごいん)本など。
(3)社参曼荼羅 熊野参詣(さんけい)の景観図および那智滝図(国宝)がある。
[真鍋俊照]
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