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白隠 はくいん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

白隠
はくいん

[生]貞享2(1685).12.25. 駿河
[没]明和5(1768).12.11. 駿河
江戸時代中期の臨済宗の僧。名は慧鶴。 15歳で出家。修行中に遠方の鐘を聞いて大悟したとも伝えられる。飯山の的翁慧瑞に法を受け,のち郷里の松蔭寺に入った。享保3 (1718) 年妙心寺の第一座となり,『法華経』などの経典や『臨済録』などの語録その他を提唱した。

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デジタル大辞泉の解説

はくいん【白隠】

白隠慧鶴(えかく)

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百科事典マイペディアの解説

白隠【はくいん】

江戸中期の仏僧。臨済(りんざい)宗中興の祖。駿河(するが)の人。法名は慧鶴(えかく)。正宗(しょうしゅう)国師,勅諡(ちょくし)は神機独妙(しんきどくみょう)禅師。
→関連項目座禅禅宗美術盤珪

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世界大百科事典 第2版の解説

はくいん【白隠】

1685‐1768(貞享2‐明和5)
江戸中期の臨済宗の僧。諱(いみな)は慧鶴(えかく),号は林(こうりん)。駿河国浮島(現,静岡県沼津市)に生まれ,俗姓は杉原氏。15歳のとき,郷里の松蔭寺の単嶺について得度,慧鶴と名づけられた。ついで沼津大聖寺の息道に随侍,20歳のとき,美濃国(岐阜県)大垣の瑞雲寺に赴き,馬翁の厳しい指導を受けた。馬翁のもとで《禅関策進》をひもとき,奮起して本格的な求法を開始した。ついで伊予国(愛媛県)松山の正宗(しようしゆう)寺に至り,逸禅の講じる《仏祖三経》を聞いて深く感銘し,以後,《禅関策進》と《仏祖三経》をつねに座右に置いて師友とした。

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大辞林 第三版の解説

はくいん【白隠】

1685~1768) 江戸中期の禅僧。駿河の人。臨済宗中興の祖。名は慧鶴えかく。鵠林こうりんとも号す。諡号しごうは正宗国師。1718年京都妙心寺第一座。民衆教化につとめた。晩年に伊豆竜沢寺を開く。没後、その法系は発展し、現在は臨済宗の大部分が白隠の影響下にある。絵もよくした。著「槐安国語」「夜船閑話」「遠羅天釜おらてがま」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

白隠
はくいん
(1685―1768)

江戸中期の禅僧。日本臨済禅中興の祖といわれる。法名慧鶴(えかく)。鵠林(こうりん)とも号した。貞享(ていきょう)2年12月25日、駿河(するが)国駿東(すんとう)郡浮島原(静岡県沼津市)の長沢家に生まれる。幼名岩次郎(いわじろう)。15歳のときに原の松陰寺単嶺(たんれい)について得度、ついで沼津・大聖(だいしょう)寺の息道(そくどう)に、美濃(みの)(岐阜県)瑞雲(ずいうん)寺の馬翁(ばおう)に、同霊松(れいしょう)院の万休(ばんきゅう)に、同東光寺の大巧(たいこう)に、転じて若狭(わかさ)(福井県)・常高寺の万里(ばんり)に、伊予(愛媛県)松山の正宗寺の逸禅(いつぜん)らに侍し、23歳のとき行脚(あんぎゃ)の途次に馬翁の病重しと伝え聞いて親しく病床に仕え、その病癒えて駿河に帰った。翌年、越後(えちご)(新潟県)高田・英巌(えいがん)寺の性徹(しょうてつ)に参じ、遠寺の鐘声を聴いて豁然(かつぜん)として大悟(たいご)し、信州(長野県)飯山(いいやま)・正受庵(しょうじゅあん)の正受老人道鏡慧端(どうきょうえたん)に参じて徹見し、ついにその法を嗣(つ)いだ。さらに悟後の修行を積み、洛東(らくとう)・白河の白幽(はくゆう)に謁(えつ)して内観の秘法を練る。のちにこの秘法・養生法を詳しく記したものに『夜船閑話(やせんかんわ)』がある。泉州(大阪府)蔭涼(おんりょう)寺に、あるいは美濃の巌滝(いわたき)山にあって刻苦を重ね、32歳の11月、松陰寺に帰り、この年を契機として請ぜられて禅録を各地に講じ、その門に僧俗の帰依(きえ)するものおびただしかった。『碧巌録(へきがんろく)』『臨済録』『虚堂録(きどうろく)』『大慧書(だいえしょ)』『大慧武庫(だいえぶこ)』『四部録』および『寒山詩』などを提唱講義し、その博学は尽きるものがなかった。講録に『槐安国語(かいあんこくご)』『息耕録開筵普説(そっこうろくかいえんふせつ)』『語録』『遠羅天釜(おらてがま)』等の名著がある。遂翁(すいおう)、東嶺(とうれい)、提州(ていじゅう)、斯経(しきょう)、太霊(たいれい)、峨山(がさん)らの多くの逸材を門下に打ち出し、その法系は盛大を極めた。また詩文、書画をも多くなした。晩年は開創した龍沢寺と松陰寺との間を往還したが、明和(めいわ)5年12月11日84歳で松陰寺に寂した。神機独妙(しんきどくみょう)禅師、正宗(しょうしゅう)国師と勅諡(ちょくし)される。[古田紹欽]
『『白隠和尚全集』全八巻(1934~1935・竜吟社) ▽古田紹欽著『白隠――禅とその芸術』(1962・木耳社) ▽鎌田茂雄著『白隠』(1977・講談社)』

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世界大百科事典内の白隠の言及

【江戸時代美術】より

… 仏教美術の分野では専門仏師による作品が画一化されていったのに対し,円空の鉈彫りの衣鉢をついだ木喰五行明満の木彫に宗教的情熱に支えられたすぐれた表現が見られる。白隠,仙厓が大衆教化のために描いた禅画の独自なスタイルは,近年高く評価されている。白隠,慈雲,良寛らの書は,その脱俗の風格において,貫名海屋,市河米庵ら儒者系書家の唐様より高く評価されている。…

【禅画】より

…姿かたちのない観念の世界を目にみえるものにするのであるから,表現手段としては比喩的,あるいは象徴的なものにならざるをえない。たとえば白隠禅師の《円相》のようなものが,禅画と呼ばれるのにもっともふさわしい作品であろう。したがって禅画とは,絵画表現における禅的なものといったほうがより適切かもしれない。…

【妙心寺】より

…近世前期も豊臣・徳川両家の諸大名が多く当寺の禅に傾倒し,伽藍造営や諸塔頭(たつちゆう)の造営が続き,幕府も寺領491石余を寄せ,全盛期を迎えた。宗勢の伸張だけでなく,開山慧玄の禅風をついでその伝法と修業が重視され,近世初期に傑僧愚堂東寔(ぐどうとうしよく)(1579‐1661)が現れ,ついで江戸中期に寺僧白隠慧鶴(はくいんえかく)が妙心寺禅に新境地を開き,いわゆる白隠禅を確立した。この白隠門派の禅がやがて妙心寺の禅を席巻し,ついで南禅・相国など五山派の大寺にまで広まり,江戸後期になると白隠禅は日本臨済界の主流となり,それが今日に続いている。…

【臨済宗】より

…室町幕府の衰退につれて五山勢力が衰微すると,代わって大灯派が台頭した。特に宗峰の法嗣(はつす)関山慧玄(かんざんえげん)の妙心寺派は,戦国時代から江戸時代にかけてしだいに教勢を強めたが,その法系から白隠慧鶴(はくいんえかく)が出るにおよんで,臨済宗の主流となった。白隠は峻烈な公案禅の挙揚と,卓越した指導力によって林(こうりん)派と呼ばれる大門派を形成し,日本の臨済中興の祖と仰がれ,以後,臨済僧の法系はことごとく白隠の流れをくむことになった。…

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