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すずり

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説


すずり

墨をする文房具の一種。石製が多いが,瓦質,陶磁,玉,金属製のものもあり,形も長方形,円形,風字形など各種ある。中国の最古のものは石製で,前漢代のものが朝鮮半島の楽浪古墳 (平壌付近) で発掘されている。後漢代では河北省望都の後漢墓の壁画に残されたものが名高い。中国では唐以後端渓,歙州 (きゅうじゅう) の石硯が使用されるようになり,宋以後になってこの2種のものが流行した。日本では,中国の六朝,唐代に流行した陶硯が使用されたようで,10世紀頃から日本産の石硯が使われるようになった。中国でも日本でも単に文房具として使用されただけでなく,工芸品として鑑賞の対象にもなっている。

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デジタル大辞泉の解説

けん【硯】[漢字項目]

人名用漢字] [音]ケン(慣) [訓]すずり
すずり。「硯材硯池硯滴筆硯

すずり【×硯】

《「磨(すみす)り」の略》墨を水ですりおろすために使う、石・瓦などで作った道具。

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百科事典マイペディアの解説

硯【すずり】

をする道具。筆,墨,紙とともに文房四宝の一つ。1975年に発掘された中国湖北省の秦代以前の墓からは,石の硯が見つかっている。六朝以後は,おもに陶磁製の風字硯,円面硯が作られ,唐代になると澄泥硯(河底の泥を精選し,練り固めたものを焼き上げた人造硯)が出現,また唐代後半から安徽省の歙州(きゅうじゅう)石(粘板岩),広東省の端渓石(端渓)が用いられ,以後もっぱら石硯が使用された。
→関連項目矢立

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世界大百科事典 第2版の解説

すずり【硯】

墨をする道具。研とも書く。〈すずり〉は〈すみすり〉の略。後漢の許慎の《説文解字》に,〈硯は石の滑らかなり,研は(す)るなり〉とある。多くは石で作られるが,ほかに磚(せん),瓦,陶,瓷(磁),澄泥,石末,玉,鉄,銅,銀,木,漆,竹などで作られることもある。形は長方形,正方形,円形,楕円形,風字形のほか,自然や人工の姿にかたどって種々の名称がつけられている。硯の表面を硯面,背面を硯背,側面四囲を硯側,硯面の縁周を硯縁,頭部を硯首,墨をする所を墨堂,墨道あるいは墨岡,墨汁をためるくぼみを墨池,硯池あるいは海,墨堂と硯池の境界部を落潮,硯背の足を硯足,硯背の空隙部を挿手あるいは抄手(しようしゆ)などという。

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大辞林 第三版の解説

すずり【硯】

〔「墨磨すみすり」の転〕
墨を水ですりおろすために使う道具。石で作ることが多い。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


すずり

書写のための墨をする用具。文房四宝の第一にあげられ、中国で発明され、発達した。「すずり」の語源は、平安中期の『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』に墨をする用具として須美須利(すみすり)と書かれており、『枕草子(まくらのそうし)』や『源氏物語』ではすずりの語がみられるところから、平安時代中期以後はすずりが一般に使われたと思われる。[藤木正次]

中国の硯

洛陽(らくよう)の西周墓(せいしゅうぼ)から俗に調色器(ちょうしょくき)とよばれる長方形の石板が発見されたが、これは硯の発生を考えるうえで重要な意味をもっている。調色器は周から漢代までつくられた磨石具(ませきぐ)で、石板上の顔料をすりつぶす用具であった。湖北省秦墓(しんぼ)から発掘された、磨石具を伴った卵形板状の石硯には、墨をすりつぶした痕跡がみられ、同時に墨も出土している。このことから墨専門の調色器が硯として独立していく過程を推測することができる。
 硯の原形は1枚の硯板で池はなく、固形墨(こけいぼく)を直接にするのではなく、他の磨石具を用いてごく小さな石墨をすりつぶし、漆(うるし)とか膠(にかわ)を定着媒材として使用した。漢代後半には、硯面が臼状で、手前から頭部に向かって傾斜がつけられているものや、三日月形の仕切りをつけたものが出現し、固型墨をするための形態に移りつつあることがわかる。六朝(りくちょう)から隋(ずい)・唐になると、墨をする墨堂の周りに墨池がつけられ、硯背(けんぱい)の足も漢代の3足から、10足、12足と多くなってくる。またこのころ風字形の陶瓷硯(とうじけん)が現れた。これは外形が風字形で、内側が臼(うす)状をなし、硯背の手前左右に2足がついている。長方形で墨池と墨堂が前後に分かれている現在の硯の形態は、五代から宋(そう)代にかけて出現した。宋代には70種を超える硯材と、硯式とか制式といわれる100種近い形態が生み出された。たとえば、四直硯(しちょくけん)、曲水(きょくすい)硯、蓬莱(ほうらい)硯といった名称が、外見や図案によってつけられた。これは部分彫琢(ちょうたく)とともに、硯の美術性を形成するうえで重要な役割を果たすものである。
 中国硯のなかでもっとも著名なものに、端渓硯(たんけいけん)と歙州(きゅうじゅう)硯がある。端渓石(せき)は唐代の初期に発見され、広東(カントン)省高要(こうよう)県にある羚羊峡(れいようきょう)の南北一帯に産出する硯石で、とくに斧柯山(ふかざん)周辺に多くの著名坑がある。宋、明(みん)代とたびたび掘られたが、清(しん)の乾隆(けんりゅう)17年(1752)に呉縄年(ごじょうねん)によって初めて水巌(すいがん)大西洞が開採されるに及んで、端渓の名は一躍有名になった。端渓石は紫を主に、緑、黄、白、黒の色調があり、岩石学上は輝緑凝灰(きりょくぎょうかい)岩に属す。石の中に鋒鋩(ほうぼう)(墨を下(お)ろす硯石の目)という石の目が平均して密立し、よく墨を下ろし、磨墨(まぼく)も発墨も優秀である。色調や斑紋(はんもん)の変化に富み、馬肝色(ばかんしょく)、猪肝(ちょかん)色、羊肝(ようかん)色、天青(てんせい)色、蕉葉白(しょうようはく)といった色調に関する名称や、青花(せいか)、魚脳凍(ぎょのうとう)、氷紋(ひょうもん)、金線など斑紋に関する文人的名称がつけられている。端渓は硯の代名詞のようにいわれ、佳品もあるが偽物も多い。
 一方、歙州石は安徽(あんき)(むげん)県にある芙蓉渓(ふようけい)一帯より産出し、唐の玄宗の開元年間(713~741)に発見された。石の出る範囲が広く、種類も多い。なかでも竜尾石は昔から貴重とされ、南唐から宋代に最良の硯材が採石されている。千枚粘板岩で青緑と青黒を基調とし、緊密な肌理(きり)をもっている。歙州石の斑紋には羅紋(らもん)、水波(すいは)紋、金暈(きんうん)、魚子(ぎょし)紋などがある。このほかの中国の硯石は、甘粛(かんしゅく)省臨(りんとう)方面から産する河緑石(とうがりょくせき)、山東省青州から出る紅糸(こうし)石、旧満州松花江(しょうかこう)方面から出る松花江緑石、沙泥(さでい)を用いる澄泥(ちょうでい)などがある。
 唐代から清代までにつくられ美術工芸的価値の高い硯を古名硯(こめいけん)とよぶ。こうした鑑賞硯は、南唐より始まる洗硯(せんけん)趣味によって、愛硯家や文人などに珍重されてきた。
 朝鮮の硯石もかなり古い時代から知られ、著名なのは渭原石(いげんせき)で、粘板岩で紫、青緑の層状をなしている。また台湾の硯石は螺渓(らけい)石を主に文渓(もんけい)石、傀儡(かいらい)石が知られている。[藤木正次]

日本の硯

日本への硯の伝来は、『日本書紀』に、応神(おうじん)天皇の15年百済(くだら)より王仁(わに)が『論語』と『千字文(せんじもん)』を携え来り、推古(すいこ)天皇18年(610)高句麗から曇徴(どんちょう)が来日し、紙墨(しぼく)の製法を伝えたとあるので、飛鳥(あすか)時代には硯も伝来していたと考えられる。正倉院宝物に青斑石装陶硯(せいはんせきそうとうけん)があり、平安末期に南宋より平清盛(きよもり)に贈られてきた松蔭硯(しょういんけん)は、湖南省より産出した渓石(れいけいせき)で、現在京都知恩寺の什物(じゅうぶつ)となっている。
 日本での硯石の採取は平安時代にさかのぼるが、中国の硯石をしのぐようなものは見当たらない。著名なものに赤間石(あかまいし)、雨畑石(あめはたいし)、若田石(わかたいし)、玄昌石(げんしょうせき)、竜渓石(りゅうけいせき)、鳳来寺石(ほうらいじせき)などがある。赤間石は山口県旧長門(ながと)赤間関に産出したもので、別名紫金石とよばれ、古赤間には良質なものもみられるが、近年は良石が少ない。青緑と赤紫がある。雨畑石は山梨県南巨摩(みなみこま)郡雨畑村(現早川町)に産出し、蒼黒(そうこく)、淡青、紫色をした粘板岩である。若田石は長崎県下県(しもあがた)郡若田川より、玄昌石は宮城県石巻(いしのまき)市雄勝(おがつ)町の海岸から、竜渓石は長野県上伊那(いな)郡の天竜川上流付近でそれぞれ採取され、鳳来寺石は金鳳石(きんぽうせき)ともいわれ、愛知県南設楽(みなみしたら)郡鳳来寺山より産出する。[藤木正次]

硯の種類と用法

硯は石、陶瓷(とうじ)、玉(ぎょく)、翡翠(ひすい)、瑪瑙(めのう)、水晶、象牙(ぞうげ)、銅、鉄、木、竹、漆、紙などでつくられるが、実用としては石が主である。焼物では瓦(かわら)、缸(かめ)(しきがわら)を転用したものや、石末(せきまつ)・沙泥(さでい)などを固めて焼いた石末硯、澄泥硯がある。
 よい硯の条件は磨墨、発墨がよいことで、発墨とは墨色の美しさ、のびのよさ、線質の強さを表現しうる墨汁をいい、ただよくおりるだけではよい硯とはいえない。硯を長く使っていると鋒鋩(ほうぼう)は衰え、面が鏡のようになる。そのときは砥石で磨いて新しい硯面を出す。これを鋒鋩を立てるという。硯はときどき洗って古い墨を除いておく。古来、唐墨(とうぼく)には唐硯(とうけん)、和墨には和硯といわれているが、要は墨をするとき安定した重量感があり、用途にあった適切な大きさであることも重要である。[藤木正次]
『杉村勇造・永井敏男著『文房四宝 硯』全4冊(1972・淡交社) ▽窪田一郎著『硯の知識と鑑賞』(1977・二玄社) ▽榊莫山著『文房四宝 硯の話』(1981・角川書店)』

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