債務者が自発的に履行すれば,有効な弁済となるが,債務者が履行しなくても債権者から訴えられたり強制執行をうけたりすることのない債務をいう。裁判所に訴えないという約束で金銭を借りうけた者の債務が,一つの典型例である。この観念は古くから存在し,ローマ社会ではobligatio naturalisの名で呼ばれた。ローマ社会では,当初,奴隷は権利主体ではなく物とされていたが,時代の経過とともに経済力をたくわえるに至り,主人が奴隷から融資を受ける事態を招いた。ここに主人の奴隷に対する債務を自然債務と称する端緒が開けた。また,初期ローマ法では〈裸の合意から訴権は生じないex nudo pacto nascitur non actio〉とされ,契約は一定の方式によってなされた場合にのみ,当事者を拘束したのであるが,意思を尊重する方向へと法が変わっていく過程で,裸の(無方式の)合意から,自然債務が生じると扱われるようになった。
この伝統的観念は,フランス法ではobligation naturelle,ドイツ法ではnatürliche Verbindlichkeitとして継承された。もちろん,すべての人間に権利主体性を認め,契約自由したがって方式自由を原則とする近代以降の法の下では,ローマ法におけると同じ内容の自然債務が存在する余地はない。それにもかかわらず,ドイツやフランスをはじめ西ヨーロッパ大陸諸国において,自然債務が語られるのは,法と道徳の中間領域を認める必要があるからだ,と説明するのが,一般的である。たとえば,時効期間を経過して債務者が裁判上時効の援用をした債務,訴えない特約のついた債務,賭博債務などが,この中間領域に属し,任意の履行が有効な弁済となる点において,法的効力があるのだと説かれる。日本の多数説もそのような自然債務概念を承認している(ただ民法には自然債務についての規定はなく,学説上の概念である)。しかし,これへの反対論も有力である。すなわち,任意の履行が弁済となり,したがって,あとで給付目的物の返還を求めることができないという指標によって,自然債務を規定するときは,不法原因給付(民法708条)も有効な債務の弁済となり,不当であるから,自然債務概念を認めるべきではない,とするものである。
執筆者:石田 喜久夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
債務者が任意に債務の履行を行えば、債務の履行として有効であるが、任意に履行しない場合に訴えによってその履行を求めることはできない、という債務(契約による自然債務、時効成立・援用後の債務など)。このような自然債務を現代法において認めることができるかどうかについては学説上争いがあるが、日本の民法上は肯定説がしだいに有力になりつつある。しかし、その範囲については一致していない。判例は、カフェーのなじみ客が女給に独立資金を与えることを約束したという事件で、前記の客の債務を、諾約者が自ら進んで履行すれば債務の弁済となるが、相手方からその履行を強要することはできない特殊の債務関係だとして、実質的に自然債務を認めた。
[淡路剛久]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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