谷川岳(読み)タニガワダケ

デジタル大辞泉 「谷川岳」の意味・読み・例文・類語

たにがわ‐だけ〔たにがは‐〕【谷川岳】

群馬・新潟の県境にある山。標高1978メートル。一ノ倉岳万太郎山などとともに谷川連峰を形づくり、群馬県側の一ノ倉沢に代表される急峻きゅうしゅんな岩壁によって知られる。天候が急変しやすく、日本のアルピニズムの隆盛期には多くの遭難者があり、「魔の山」とよばれた。

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精選版 日本国語大辞典 「谷川岳」の意味・読み・例文・類語

たにがわ‐だけたにがは‥【谷川岳】

  1. 群馬・新潟両県の県境、清水峠三国峠との間にある山。頂上部はオキの耳(谷川富士)とトマの耳(薬師岳)との二峰に分かれ、険しい壮年期の地形を示し、積雪量が多く、天候の激変を示す。標高一九七七メートル。上信越高原国立公園の一部。古称耳二つ。

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日本歴史地名大系 「谷川岳」の解説

谷川岳
たにがわだけ

水上みなかみ町の西端、新潟との県境の三国山脈にある谷川連峰の盟峰。標高一九六三・二メートル。上信越高原国立公園に属する。谷川連峰は谷川岳を中心として、北および北東にいちくら(一九七四・二メートル)茂倉しげくら(一九七七・九メートル)武能ぶのう(一七五九・六メートル)よもぎ峠・七ッ小屋ななつごや(一六七四・七メートル)清水しみず峠・大烏帽子おおえぼし(一八一九・六メートル)、南西にオジカさわかしら万太郎まんたろう(一九五四・一メートル)せんくら(二〇二六・二メートル)平標たいらつぴよう(一九八三・七メートル)・三国山(一六三六・四メートル)・三国峠が続く。谷川岳は谷川富士ともよばれ、頂上部は二峰に分れる。一峰のオキの耳には富士権現を祀り浅間せんげん岳と称し、トマの耳は薬師岳といったからたぶん薬師如来信仰の対象となっていたものと思われる。富士権現の里宮は麓の水上町谷川にあり、富士浅間ふじせんげん神社という。


谷川岳
たにがわだけ

群馬県境にあり、標高一九六三・二メートル。北方の清水しみず峠から南方の三国峠までのS字の山脈の総称である谷川連峰の盟峰。北方尾根にはいちくら岳・茂倉しげくら岳・武能ぶのう岳・七ッ小屋ななつごや山、南方尾根には万太郎まんたろう山・せんくら山・平標たいらびよう山などが続く。群馬県利根郡水上町谷川の谷川浅間たにがわせんげん神社の万治元年(一六五八)の真田伊賀守による造営棟札には「沼田総鎮守谷川岳」とあり、「奉建立冨士浅間一社」とみえる。一ノ倉岳に至る途中の尾根にオキノみみ(奥の耳)谷川富士たにがわふじがあり、山頂の岩陰には永禄八年(一五六五)紀銘で虚空蔵菩薩と十一面観音の鋳銅懸仏が二面祀られていた(群馬県利根郡水上町谷川区有)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「谷川岳」の意味・わかりやすい解説

谷川岳
たにがわだけ

群馬・新潟県境にある三国山脈(みくにさんみゃく)の一峰。頂上はトマの耳(1963メートル)、オキの耳(1977メートル)の2峰に分かれ、古くから「耳二つ」とよばれた。上信越高原国立公園に属する。2000メートル級の山々が谷川岳を中心に北の清水峠(しみずとうげ)から西の三国峠の間に連なり、これを総称して谷川連峰という。これらの山々は、おもに第三紀層の緑色凝灰岩とそれを貫く花崗(かこう)岩、石英閃緑(せんりょく)岩、蛇紋(じゃもん)岩などからなり、部分的にはホルンフェルスの硬い岩石もある。日本の太平洋側と日本海側の境界の脊梁(せきりょう)山脈にあるため、積雪と豪雨、強風などで侵食作用が強く、しかも侵食に対する岩石の抵抗力の相違から、複雑で険しい壮年期の地形を現している。とくに東斜面の硬い岩石は岩壁をなし、マチガ沢、一ノ倉(いちのくら)沢、幽(ゆう)ノ沢などは日本屈指の規模をもつ岩場で、登山はきわめて困難である。また、南東斜面のザンゲ岩には岩盤に擦痕(さっこん)がみられ、東斜面と南斜面の山頂付近には小型の圏谷に似た地形も認められて氷河時代の侵食を思わせる。森林の限界は標高1500メートルぐらいである。

 谷川岳の魅力はこのような峻険(しゅんけん)な山容と展望にあるが、有名になったのは1931年(昭和6)国鉄(現、JR)上越線開通以後、東京方面からの登山者が激増したからである。おもな登山口には、上越線土合(どあい)駅(地下駅)を主登山口に、ほかに土樽(つちたる)口、谷川温泉口などがある。1960年(昭和35)には土合口から標高1320メートルの天神平(てんじんだいら)までロープウェーが設けられ、国設天神平スキー場もできて、登山者層が厚くなり、しだいに観光地の性格も帯びてきた。しかし、天候が激変しやすく雪崩(なだれ)や濃霧、豪雨の襲来もあり、登山とくに岩登りによる転落などで多くの遭難者を出し「魔の谷川岳」ともいわれる。そこで、1967年群馬県は谷川岳遭難防止条例を制定、西黒尾根(にしくろおね)コースなどの一般コースを除いて、一ノ倉沢、幽ノ沢、マチガ沢などの危険指定地域を登山届出制にした。悪天候の日には群馬県知事が登山を禁止し、また土合口に谷川岳登山指導センターを設けて遭難防止と安全登山を指導し、また警備隊を配置するなどして遭難事故の減少に努めている。それでも群馬県観光課の調査によると、1931~1981年(昭和6~56)の50年間に693人が遭難死し、年平均13.9人となった。その後、遭難死の数は減少し、1982年から2001年(平成13)までの20年間では78人、年平均3.9人となっている(1931年からの合計771人、行方不明者を含めると779人)。土合口の国道291号のそばに慰霊塔と碑が建てられ、碑には1931年以降の死亡者の氏名と都県名が刻してある。

[村木定雄]


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改訂新版 世界大百科事典 「谷川岳」の意味・わかりやすい解説

谷川岳 (たにがわだけ)

新潟と群馬の県境をなす三国山脈中部にある山。山頂はトマの耳(1963m)とオキの耳(1977m)の2峰に分かれ,遠望するとネコの耳の形に似ていることから〈耳二ツ〉とも呼ばれる。清水峠(1448m)からほぼ南にのびてきた上越国境をなす稜線が,直角に向きを変えて西に転ずる場所に位置する。北側にある武能(ぶのう)岳(1760m),茂倉(しげくら)岳(1978m),一ノ倉岳(1974m),西側にある万太郎山(1954m),仙ノ倉山(2026m),平標(たいらつぴよう)山(1984m)など,清水峠と三国峠との間にある山々を含めて谷川連峰と総称する。谷川岳周辺は山稜の非対称性が顕著で,魚野川の源流部をなす新潟県側の西および北斜面が比較的ゆるやかなのに比べ,群馬県側の湯檜曾(ゆびそ)川の支流が刻む東斜面や,谷川の源流部をなす南斜面には急な岩壁が続いている。最も急な部分は東側の一ノ倉沢,幽(ゆう)ノ沢,マチガ沢周辺と,南側の俎嵒(まないたぐら)周辺で,岩登りのメッカとしても知られている。これらの急崖は稜線の東側と南側を通る断層によるものと考えられ,断層の延長上では湯檜曾,水上,谷川の各温泉が湧出している。

 谷川岳は日本海側と太平洋側との気候区界をなし,また冬季には日本海からの北西季節風をまともに受けて積雪が多い。谷川岳の南には天神平スキー場(標高1320m)がある。また一ノ倉沢は冬季,北西季節風によって西側(風上)斜面から吹き払われた雪や,まわりの急な谷壁から落下した雪が厚くたまり,本州で最も低い高度(約1000m)で越年雪渓が残る場所である。カール状の地形をなす天神平や,U字谷状の一ノ倉沢は,氷期には氷河の浸食を受けていたと考えられている。谷川岳周辺の植生も多雪山地の特徴をよく示しており,ブナ林が山腹を密に覆い,稜線付近はササ原となっていて,亜高山帯針葉樹林が欠如している。

 谷川連峰は上信越高原国立公園に含まれ,主として東京方面からの観光客,登山客が多い。おもな登山口には,土合(どあい)口,土樽(つちたる)口,谷川温泉口があり,1960年には土合から天神平までのロープウェーが完成し,山麓から3時間足らずで山頂まで行けるようになった。しかし谷川岳を特に有名にしているのは,岩登りの困難さと遭難者の多さである。1931年に上越線が全通して以来,谷川岳は東京に近く,しかも本格的な岩場をもつ山としてクライマーの人気を集めてきた。一ノ倉沢の奥にそびえる衝立(ついたて)岩,烏帽子岩,コップ状岩壁,滝沢などの困難な岩壁が次々と征服されていった歴史は,そのまま日本の岩登りの歴史といっても過言ではない。しかし,天候が急変しやすく,積雪や雪崩の多い谷川岳では,岩壁の険しさともあいまって,1931年以来すでに781人の遭難者を出しており(2005年現在),〈魔の山〉と呼ばれることも少なくない。このため群馬県は67年に谷川岳遭難防止条例を施行し,とくに冬季の登山や岩登りの規制を行っている。
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百科事典マイペディア 「谷川岳」の意味・わかりやすい解説

谷川岳【たにがわだけ】

群馬・新潟県境,三国山脈中にある山。山頂はトマの耳(1963m)とオキの耳(1977m)の双耳峰からなり,北に一ノ倉岳,茂倉岳(1978m),西に万太郎山,仙ノ倉岳などの谷川連峰が続く。第三紀層と石英セン緑岩の山体が浸食により壮年期地形を呈し,特に東斜面の一ノ倉沢,マチガ沢などは大岩壁をなす。天候も激変しやすいため多くの遭難者を出している。山麓に湯檜曾(ゆびそ),水上,谷川などの温泉,天神平などのスキー場があり,上越線土合・土樽両駅から登山路がある。新清水トンネルは一ノ倉岳の真下を通る。上信越高原国立公園に属し,日本百名山にも選ばれている。
→関連項目群馬[県]土合[駅]水上[町]湯沢[町]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「谷川岳」の意味・わかりやすい解説

谷川岳
たにがわだけ

群馬県北部のみなかみ町新潟県南東部の湯沢町の境,三国山脈にある山。標高 1963m。山頂はトマの耳 (薬師岳) ,オキの耳 (谷川富士) と呼ばれる二つの峰からなり,古くから「耳二つ」と呼ばれた。群馬県側の東側斜面は急崖をなし,マチガ沢,一ノ倉沢,幽ノ沢など,湯檜曾川 (ゆびそがわ) の険しい支谷が刻む。新潟県側斜面はこれとは対照的に緩傾斜を示す。太平洋側と日本海側とを分ける脊梁山脈の主要部をなし,多雨,多雪地帯で,雪崩,豪雨などによる浸食作用が強く,岩石が露出し,岩壁の多い壮年期の地形を示す。岩壁は北アルプス的な険しさを備え,気象の変化が激しく,岩登りにはきわめて厳しいが,東京から夜行日帰りが可能で,高山の気分が味わえるところから初心者もひきつけられやすく,遭難者が多い。おもな登山口は土合口,湯檜曾口,土樽口。 JR上越線の土合駅近くから天神平までロープウェーが通じる。上信越高原国立公園に属する。

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[日本酒・本格焼酎・泡盛]銘柄コレクション 「谷川岳」の解説

たにがわだけ【谷川岳】

群馬の日本酒。大吟醸酒、純米吟醸酒、純米酒、本醸造酒などがある。原料米は美山錦、山田錦など。仕込み水は尾瀬連峰武尊山の伏流水。蔵元の「永井酒造」は明治19年(1886)創業。所在地は利根郡川場村門前。

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事典 日本の地域遺産 「谷川岳」の解説

谷川岳

(群馬県利根郡みなかみ町;新潟県南魚沼郡湯沢町)
美しき日本―いちどは訪れたい日本の観光遺産」指定の地域遺産。

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事典・日本の観光資源 「谷川岳」の解説

谷川岳

(群馬県利根郡みなかみ町・新潟県南魚沼郡湯沢町)
ぐんま百名山」指定の観光名所。

谷川岳

(群馬県・新潟県)
日本百名山」指定の観光名所。

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デジタル大辞泉プラス 「谷川岳」の解説

谷川岳

群馬県、永井酒造株式会社の製造する日本酒。純米吟醸酒や辛口の純米酒などがある。

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