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谷川岳 たにがわだけ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

谷川岳
たにがわだけ

群馬県北部のみなかみ町新潟県南東部の湯沢町の境,三国山脈にある山。標高 1963m。山頂はトマの耳 (薬師岳) ,オキの耳 (谷川富士) と呼ばれる二つの峰からなり,古くから「耳二つ」と呼ばれた。群馬県側の東側斜面は急崖をなし,マチガ沢一ノ倉沢,幽ノなど,湯檜曾川 (ゆびそがわ) の険しい支谷が刻む。新潟県側斜面はこれとは対照的に緩傾斜を示す。太平洋側と日本海側とを分ける脊梁山脈の主要部をなし,多雨,多雪地帯で,雪崩,豪雨などによる浸食作用が強く,岩石が露出し,岩壁の多い壮年期の地形を示す。岩壁は北アルプス的な険しさを備え,気象の変化が激しく,岩登りにはきわめて厳しいが,東京から夜行日帰りが可能で,高山の気分が味わえるところから初心者もひきつけられやすく,遭難者が多い。おもな登山口は土合口,湯檜曾口,土樽口。 JR上越線の土合駅近くから天神平までロープウェーが通じる。上信越高原国立公園に属する。

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デジタル大辞泉の解説

たにがわ‐だけ〔たにがは‐〕【谷川岳】

群馬・新潟の県境にある山。標高1978メートル。一ノ倉岳万太郎山などとともに谷川連峰を形づくり、群馬県側の一ノ倉沢に代表される急峻(きゅうしゅん)な岩壁によって知られる。天候が急変しやすく、日本のアルピニズムの隆盛期には多くの遭難者があり、「魔の山」とよばれた。

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百科事典マイペディアの解説

谷川岳【たにがわだけ】

群馬・新潟県境,三国山脈中にある山。山頂はトマの耳(1963m)とオキの耳(1977m)の双耳峰からなり,北に一ノ倉岳,茂倉岳(1978m),西に万太郎山,仙ノ倉岳などの谷川連峰が続く。
→関連項目群馬[県]土合[駅]水上[町]湯沢[町]

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デジタル大辞泉プラスの解説

谷川岳(たにがわだけ)

群馬県、永井酒造株式会社の製造する日本酒。

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世界大百科事典 第2版の解説

たにがわだけ【谷川岳】

新潟と群馬の県境をなす三国山脈中部にある山。山頂はトマの耳(1963m)とオキの耳(1960m)の2峰に分かれ,遠望するとネコの耳の形に似ていることから〈耳二ツ〉とも呼ばれる。清水峠(1448m)からほぼ南にのびてきた上越国境をなす稜線が,直角に向きを変えて西に転ずる場所に位置する。北側にある武能(ぶのう)岳(1760m),茂倉(しげくら)岳(1978m),一ノ倉岳(1974m),西側にある万太郎山(1954m),仙ノ倉山(2026m),平標(たいらつぴよう)山(1984m)など,清水峠と三国峠との間にある山々を含めて谷川連峰と総称する。

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日本の地名がわかる事典の解説

〔群馬県(新潟県)〕谷川岳(たにがわだけ)


群馬・新潟県境、三国(みくに)山脈中の谷川連峰の主峰。山頂部がトマノ耳(みみ)(標高1963m)とオキノ耳(同1977m)の2峰からなる双耳峰(そうじほう)。深田久弥(ふかだきゅうや)「日本百名山」の一つ。険しい山稜(さんりょう)が複雑に分岐し、壮年期の地形を呈する。東斜面は硬く切り立った岩壁が続き、マチガ沢・一ノ倉沢・幽ノ(ゆうの)沢などはとくに急峻(きゅうしゅん)。上信越(じょうしんえつ)高原国立公園に属し、登山者が多い。天候の変化が激しく、遭難事故が多い。東麓(とうろく)の土合(どあい)口からスキー場のある天神平(てんじんだいら)までロープウエーが結ぶ。山麓には湯檜曽(ゆびそ)温泉・水上(みなかみ)温泉などの温泉がわく。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

谷川岳
たにがわだけ

群馬・新潟県境にある三国(みくに)山脈の一峰。頂上はトマの耳(1963メートル)、オキの耳(1977メートル)の2峰に分かれ、古くから「耳二つ」とよばれた。上信越高原国立公園に属する。2000メートル級の山々が谷川岳を中心に北の清水(しみず)峠から西の三国峠の間に連なり、これを総称して谷川連峰という。これらの山々は、おもに第三紀層の緑色凝灰岩とそれを貫く花崗(かこう)岩、石英閃緑(せんりょく)岩、蛇紋(じゃもん)岩などからなり、部分的にはホルンフェルスの硬い岩石もある。日本の太平洋側と日本海側の境界の脊梁(せきりょう)山脈にあるため、積雪と豪雨、強風などで侵食作用が強く、しかも侵食に対する岩石の抵抗力の相違から、複雑で険しい壮年期の地形を現している。とくに東斜面の硬い岩石は岩壁をなし、マチガ沢、一ノ倉(いちのくら)沢、幽(ゆう)ノ沢などはわが国屈指の規模をもつ岩場で、登山はきわめて困難である。また、南東斜面のザンゲ岩には岩盤に擦痕(さっこん)がみられ、東斜面と南斜面の山頂付近には小型の圏谷に似た地形も認められて氷河時代の侵食を思わせる。森林の限界は標高1500メートルぐらいである。
 谷川岳の魅力はこのような峻険(しゅんけん)な山容と展望にあるが、有名になったのは1931年(昭和6)国鉄(現JR)上越線開通以後、東京方面からの登山者が激増したからである。おもな登山口には、上越線土合(どあい)駅(地下駅)を主登山口に、ほかに土樽(つちたる)口、谷川温泉口などがある。1960年(昭和35)には土合口から標高1320メートルの天神平(てんじんだいら)までロープウェーが設けられ、国設天神平スキー場もできて、登山者層が厚くなり、しだいに観光地の性格も帯びてきた。しかし、天候が激変しやすく雪崩(なだれ)や濃霧、豪雨の襲来もあり、登山とくに岩登りによる転落などで多くの遭難者を出し「魔の谷川岳」ともいわれる。そこで、1967年群馬県は谷川岳遭難防止条例を制定、西黒尾根(にしくろおね)コースなどの一般コースを除いて、一ノ倉沢、幽ノ沢、マチガ沢などの危険指定地域を登山届出制にした。悪天候の日には群馬県知事が登山を禁止し、また土合口に谷川岳登山指導センターを設けて遭難防止と安全登山を指導し、また警備隊を配置するなどして遭難事故の減少に努めている。それでも群馬県観光課の調査によると、1931~1981年(昭和6~56)の50年間に693人が遭難死し、年平均13.9人となった。その後、遭難死の数は減少し、1982年から2001年(平成13)までの20年間では78人、年平均3.9人となっている(1931年からの合計771人、行方不明者を含めると779人)。土合口の国道291号のそばに慰霊塔と碑が建てられ、碑には1931年以降の死亡者の氏名と都県名が刻してある。[村木定雄]

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