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貞観の治 じょうがんのち Zhen-guan zhi zhi; Chên-kuan chih chih

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

貞観の治
じょうがんのち
Zhen-guan zhi zhi; Chên-kuan chih chih

中国,唐の第2代皇帝太宗の治世。当時の年号貞観 (627~649) にちなむ呼称で,中国史上最も名高い盛代。この頃隋末の全国的動乱と人民の疲弊から立直り,中央集権が強化され唐の国礎は確立した。

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デジタル大辞泉の解説

じょうがん‐の‐ち〔ヂヤウグワン‐〕【貞観の治】

中国、太宗の治世。賢臣・名将に補佐され、官制の整備、領土の拡大、学芸の奨励により、国力を充実させた。

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百科事典マイペディアの解説

貞観の治【じょうがんのち】

中国,唐の太宗の貞観年間(627年―649年)の治世。父高祖を助けて天下を統一し,即位後は名臣・名将を登用して諸制度を確立。国内の平和と繁栄,文化発展の基礎を置く。

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世界大百科事典 第2版の解説

じょうがんのち【貞観の治】

中国,唐の太宗の年号を貞観(627‐649)といい,この時代天下がよく治まったためこのようにいう。唐の第2代太宗朝には,隋末の内乱が終息して国内が安定し,対外的にも周辺民族がすべて服属して空前の平和が訪れた。律令の整備,正史の修撰,《五経正義》の編纂など輝かしい文化事業が行われたが,それらにもまして時代を特色づけるのは,君臣一致して政治の理想を追求したことである。太宗のもとには房玄齢杜如晦らの名相,李靖李勣(りせき)らの良将その他幾多の人材があり,太宗はこれら群臣とおりにふれて政治の得失を論じた。

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大辞林 第三版の解説

じょうがんのち【貞観の治】

唐の太宗の治世。房玄齢・杜如晦とじよかいら賢相・名臣を用いて律令の撰定、軍制の整備、学芸の奨励、領土の拡大など多くの治績をあげ、大帝国の基礎を確立した。
最初の摂政藤原良房没後、清和天皇が唐の太宗に倣い、親政に意を用いたことをいう。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

貞観の治
じょうがんのち

中国、唐第2代皇帝太宗李世民(りせいみん)の治世。貞観は年号(627~649)。隋(ずい)末以来の農民反乱の多発、群雄割拠の状態は初唐の国内を疲弊させた。太宗は即位すると、賢臣を抜擢(ばってき)して彼らの諫言(かんげん)を入れ、つとめて民力の回復を図った。その結果、唐の国礎は固まり、米価は下がり、人々は戸締まりをせず、旅行にも食料を携行しない、という平和な状態が現出した、という。また四方の異民族も帰服し、太宗に天可汗(てんかかん)の称号を奉った。以後、太宗の治世を貞観の治とよび、太平の世の模範とした。ただし、太宗に失政がないわけでもなく、また唐代の記録は太宗の事績を美化しすぎているともいわれる。[金子修一]

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世界大百科事典内の貞観の治の言及

【杜如晦】より

…唐初に秦王府参軍として太子李世民の幕下に入り,房玄齢の推挙で重用され,〈秦王十八学士〉の筆頭におかれた。李世民が即位して太宗となるや,尚書右僕射に任ぜられ,左僕射の房玄齢らと協力して〈貞観の治〉といわれる政治安定期を現出させた。房玄齢の深謀に対し,杜如晦は決断で知られ,唐の名相といえばつねに房杜と並称された。…

【房玄齢】より

…隋末の混乱期に李世民の幕下に入り,杜如晦(とじよかい)ともども〈秦王十八学士〉の筆頭におかれた。李世民が即位して太宗となるや,相位にあること15年,〈貞観の治〉とよぶ黄金時代を現出させた。大敗に終わった太宗の高句麗遠征には激しく反対した。…

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