通度寺(読み)つうどじ(英語表記)T'ongdo-sa

世界大百科事典 第2版の解説

つうどじ【通度寺】

韓国,慶尚南道梁山郡下北面霊鷲山にある曹渓宗の寺。海印寺松広寺とともに韓国三大寺刹の一つ。新羅の善徳女王(在位632‐646)のころ,入唐した慈蔵律師が請来した舎利を奉安して舎利塔を建て,金剛戒壇を設けて創始された。また《三国遺事》によれば,慈蔵が請来した《大蔵経》1部400箱を納めたという。舎利塔の金剛像,十二支神像や大雄殿基壇の蓮花文浮彫は創建時を伝える。大雄殿は1641年の再建になり,背後の舎利塔の拝殿として大雄殿内には仏像をもたず,大棟をΤ字形にして東正面を妻入とする珍しい形式をもつ。

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大辞林 第三版の解説

つうどじ【通度寺】

韓国、慶尚南道梁山郡にある寺。646年慈蔵の開基。1592年、文禄の役で焼失、後に松雲惟政が再興。もと朝鮮三大寺の一、朝鮮三一本山の一。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

通度寺
つうどじ

韓国(大韓民国)、慶尚南道梁山市にある寺。山号を霊鷲山(りょうじゅさん)といい、旧朝鮮三十一本山の一。慈蔵(じぞう)の開基。慈蔵は、643年(新羅(しらぎ)、善徳女王12年)3月、唐五台山より帰国し芬皇(ふんこう)寺に住していたが、646年善徳女王とともに当山に上り金剛戒壇を築いた。その中に石函(せっかん)・石床(せきしょう)をつくり、上に3種の函を重列したが、一函には唐より将来の三色舎利4枚、一函には歯牙(しが)1枚、残り一函には頂骨指節数十片を安置し、さらに、貝葉(ばいよう)経文を納め蓋石(ふたいし)をし、戒壇を荘厳(しょうごん)し、同時に大雄殿、寂滅(じゃくめつ)宮、法堂(ほうとう)なども創建されたと伝える。通度寺の名号は、当山の気象が西域(せいいき)・インドに通ずるからだとも、また通方度人の意であるとも、あるいは慈蔵が戒壇をつくり通受度牒(つうじゅどちょう)を行ったためともいう。のち、1377年4月に海寇(かいこう)で、1592年に日本軍の兵火によって堂舎焼失するなど災厄を受けたが、重修が行われ、1704年には性能が舎利塔を修造し、以後各王が堂舎を増造し、寺門は隆盛した。寺宝には、『金字法華経(ほけきょう)』『三蔵西行路程記』、金剛杵(こんごうしょ)、青銅香炉(こうろ)、旧印刷木版などがある。[里道徳雄]

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