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野々市[町] ののいち

百科事典マイペディアの解説

野々市[町]【ののいち】

石川県中部,石川郡の旧町。手取(てどり)川扇状地の北東隅に位置する。北陸鉄道が通じる。金沢市の発展にともない,都市化。米,果樹などを産する。近年,印刷,食品,機械など諸工業が進出,住宅地化が著しい。

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世界大百科事典 第2版の解説

ののいち【野々市[町]】

石川県中部,石川郡の町。人口4万2945(1995)。金沢市と松任(まつとう)市の間に位置し,北陸本線,北陸鉄道,国道8号,157号線が通じる。手取川扇状地の北東端を占め,室町時代には加賀国守護富樫氏の居城があったが,加賀一向一揆により,1488年(長享2)富樫氏は倒された。近世には北陸街道沿いの宿場町であった。加賀米の産地であったが,第2次大戦後は近郊型農業が発展し,住宅地化も進んだ。繊維,食料品,機械を中心とする工場が立地し,金沢工業大学もある。

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世界大百科事典内の野々市[町]の言及

【加賀国】より

…南北朝期から室町期にかけて守護職は富樫氏が継承するが,87年(元中4∥嘉慶1)から1414年(応永21)の間は斯波(しば)氏に奪われている。守護所は石川郡の野市(ののいち)(現,石川郡野々市町)に置かれ,特産の絹,梅染布,酒などを主体とした流通経済の核も,南北朝初期には白山宮加賀馬場本宮から野市に移っている。室町期の加賀には幕府料所や幕府と結びつきの強い寺領が濃厚に分布し,国人のなかにも結城氏,狩野氏,松任(まつとう)氏,倉光氏など,幕府奉公衆に名を連ねるものが多く,守護富樫氏による領国支配の貫徹は容易でなかった。…

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