集会条例(読み)シュウカイジョウレイ

デジタル大辞泉 「集会条例」の意味・読み・例文・類語

しゅうかい‐じょうれい〔シフクワイデウレイ〕【集会条例】

明治13年(1880)政府自由民権運動弾圧するために制定した法令集会結社を厳しく規制したもので、のち、「集会及政社法」、さらに「治安警察法」に引き継がれた。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「集会条例」の意味・読み・例文・類語

しゅうかい‐じょうれいシフクヮイデウレイ【集会条例】

  1. 〘 名詞 〙 明治一三年(一八八〇)自由民権運動を取り締まるために公布された法令。集会および結社に大きな制限を与え、のちの集会及政社法、さらに治安警察法へと引き継がれた。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「集会条例」の意味・わかりやすい解説

集会条例 (しゅうかいじょうれい)

自由民権運動の規制を目的とした法律。1878年7月政府は愛国社の再興を目ざす自由民権運動の高まりに対抗して,政治結社,集会に対する警察官の視察と,民心扇動,国安妨害と認めるものの禁止を命じた。しかし自由民権運動は国会開設請願運動として全国的に高揚を見せ,80年3月には国会期成同盟が結成された。こうした状況に対して政府は同年4月5日集会条例を制定し,政談演説会,政治結社は事前に警察署に届け出て許可をうけること,警察署は国家の安全に害ありと認めたときは許可しないこと,会場監視の警察官に集会解散権を与えること,軍人教員・生徒の政治活動を禁止すること,集会の広告,政治結社相互の連絡,屋外集会を禁止することなどを定め,弾圧体制を強化した。ついで同年12月には警視長官,地方長官に政治結社解散権と管内での1年間演説禁止権を与えるように,同条例を改正した。さらに81年10月から82年にかけて自由党立憲改進党をはじめとする民権政党が結成されると,82年6月内務卿に1年以内の全国での演説禁止権を付与し,政治結社の支社設置を禁止し,他社との連絡を禁止するとの改正追加を行った。82年中の集会条例違反者は86人,集会・結社の解散は351回で,この条例は集会・結社の自由を奪い,自由民権家たちの活動を大きく制約した。帝国議会開設に先だつ90年7月制定の集会及政社法,さらに1900年3月の治安警察法へと継承された。
自由民権
執筆者:

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「集会条例」の意味・わかりやすい解説

集会条例
しゅうかいじょうれい

自由民権運動の弾圧を目的とした明治時代前期の法律。西南戦争後、政談演説会などを通じて自由民権運動は広がり、1879年(明治12)から80年にかけて国会開設請願運動として空前の高揚をみせた。こうした状況に直面した政府は、80年4月5日この条例を制定した。内容は、政談演説会・政社は事前に警察署に届け出て認可を受けること、会場監視の警察官に集会解散権を与えること、軍人・教員・生徒の政治活動を禁止すること、などであった。同年12月、警視長官・地方長官に政治結社解散権と管内における1年以内の演説禁止権を与えるように改正。82年6月には、内務卿(きょう)に1年以内の全国での演説禁止権を与え、政治結社の支社設置を禁止するなどの改正を行った。集会・結社の自由を奪うこの条例が自由民権運動に及ぼした障害の大きさは計り知れない。90年7月25日公布の集会及政社法に継承された。

[大日方純夫]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

百科事典マイペディア 「集会条例」の意味・わかりやすい解説

集会条例【しゅうかいじょうれい】

1880年太政官布告として制定された集会結社の自由を取り締まる法令。自由民権運動の弾圧がねらい。政治結社や集会を届出制とし,集会場に制服警察官が臨席し,演説の内容によって集会を解散させ,この処分を受けた結社を禁止することができた。1890年廃止,集会及政社法に引き継がれ,のち治安警察法に発展した。
→関連項目嚶鳴社言論・出版・集会・結社等臨時取締法

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

山川 日本史小辞典 改訂新版 「集会条例」の解説

集会条例
しゅうかいじょうれい

明治前期の政治集会と政治結社を規制した法令。1880年(明治13)4月5日公布。全16条。内容は,政治集会・政治結社の警察署への届出および認可制,警察官の集会解散権,警視総監・地方長官の結社解散権,軍人・警察官・教員・生徒の集会・結社への参加禁止,屋外政治集会の禁止,他社との連結通信の禁止など。自由民権派による国会開設運動の全国的な高まりに対処するための条例。82年6月3日の改正で全19条となり,支社の設置の禁止,内務卿の結社・集会禁止権などきびしい規制が追加された。90年7月,集会及政社法の公布により廃止。

出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「集会条例」の意味・わかりやすい解説

集会条例
しゅうかいじょうれい

明治 13年太政官布告 12号。自由民権運動弾圧のため,1880年4月5日に太政官が布告した法律。政治結社や集会を届け出制にしたほか,私服警官の集会場への派遣や,軍人,警官,教員,生徒らの政治結社および集会への参加禁止などが定められた。 82年6月3日には自由党地方部を非合法化するために支社設置を禁止するなど大幅な改正追加を行い,その威力を拡大した。 90年 11月に公布された集会及政社法に引継がれた。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

旺文社日本史事典 三訂版 「集会条例」の解説

集会条例
しゅうかいじょうれい

明治前期の集会・結社の取締り法規
1880年,全国に拡大しつつあった自由民権運動を弾圧するために公布。集会の事前届出,集会の宣伝禁止,他の政治結社との連絡禁止などを規定した。'82年さらに改正・強化し,学術会議まで取り締まった。'90年「集会及政社法」に代えられたが,本質は変わらなかった。

出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android