翻訳|stem
言語学の用語。同一の単語(といえるもの)が,あらわれる文脈によって,多くの場合にその意味の一部分を変異させつつ,その形の一部を変異させること(〈活用〉)があり,その場合に,文脈のいかんにかかわらず不変である部分を語幹と呼ぶ。ただし,個々の場合においては,どこまでを語幹とすべきか難しい問題となることがある。たとえば,日本語(の共通語)においてnaku(泣く)は,naka-nai,naki-tai,naku(hito),naku-na,nake-ba(ii),nake,nai-taといった形であらわれるが,この場合,語幹をna-とするか,nak-とするかが問題になる。nai-taのごとく-k-のあらわれない形があることから語幹をna-とすることにも一理あり,また1モーラを切り離さずに扱う従来の支配的考え方でもna-だけを語幹としてきた。しかし,圧倒的多数の形ではna-だけでなくkもあらわれるし,同様の活用をする動詞kasu(貸す)では,すべての場合にkas-までが不変の部分としてあらわれることから,完全には首肯(しゆこう)できない。しかし,nak-を語幹とすると,nai-taに関してかなり不自然な説明が必要になる。こうした問題は,おそらく,言語本来の姿として,語幹といえる部分とそうでない部分との間にはっきりした境界が必ずなければならないということではないことに起因しているのであろう。なお,日本語では語幹は活用形の前の方を占めるが,すべての言語でそうであるわけではない。また,言語によっては,活用を示す単語のあるものに語幹がゼロであるといったものもありうる。日本語のkuru(来る)も考えようによっては語幹がゼロであることになる(ko-nai,ki-tai,……,koi,ki-taのごとくにあらわれ,k-以外は不変部ではなく,1モーラを切り離さなければ,モーラ全体としてすべての活用形に不変のものはないから)し,また,たとえば,前接辞+語幹+後接辞で動詞の活用形ができあがっていて,子音一つで語幹になりうる場合に,その子音が歴史的な音韻変化によって脱落してしまって,結局ゼロを語幹とする動詞が現に存在することになっている言語もある。このように,語幹をめぐるさまざまな問題は,その言語の話し手にとって存在するのは,まず第1に個々の活用形(上のnaka-naiでは,naka-nai全体をそうとってもよいし,-naiがはっきりした意味をもっていることから,naka-naiから-naiを除いたnaka-ととってもよい)であり,第2に,それぞれの動詞に関しての全活用形の集合であり,そうした集合に共通な部分としての語幹というのは,それらに比べれば(言語によって,また品詞によって)程度の差こそあれかなり漠然とした存在である,ということによって生じていると考えられる。また,活用しない単語に関しては語幹をうんぬんすることはまずないが,それは単語全体が語幹に相当する(たとえば,ishi(石)は常にishiであらわれるため,単語であるとともに語幹でもある)ため,とりたててうんぬんする必要がないからであろう。なお,語幹と語根とははっきり異なる別の概念である。
執筆者:湯川 恭敏
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語の構成要素の一つで、接辞が付属しうる部分。語幹の意味が接辞の意味により修飾され、その逆ではないという点で、語幹が語の中核となる。「見‐ル」「見‐レバ」では、語幹〈見〉に(同一の文法クラスに属する語幹のすべてについて、語形変化系列をつくる)屈折接辞が付属する。「ふる‐本」「本‐や」では、語幹〈本〉に(限られた範囲の語幹について別の語幹または語をつくる)派生接辞が付属する。「古本屋」は「〔ふる‐本〕‐や」と分析でき、〈ふる本〉はここでは語幹として働く。また「本」のように接辞をもたず、語幹だけで語になる場合もある。語幹は語彙(ごい)的意味を、屈折接辞は文法的意味を示すといわれることがあるが、この区別は意味の程度の差に基づく相対的なものである。
[山田 進]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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…さらに助動詞〈だ〉の各変化形を,それぞれ1単語(助詞)と考えることもできるが,各変化形の用法は動詞・形容詞の各変化形にほぼ一致し,各変化形を通じて意味上一貫性が認められるので,1個の活用系列中に収める。
[語幹と語尾]
動詞・形容詞(および形容動詞)では一般に,交替の行われる音節以下を活用語尾,それに先だつ部分を語幹と呼ぶが,動詞のルレ添加型では,直前の1音節(考えルの〈え〉,試みルの〈み〉)までを語尾に含める習慣である。なお,見ル・出ル・来ル等では,ルの前が1音節にとどまるが,これらは語幹・語尾の別のないものという分類をうける。…
…このような交替する要素は〈接辞〉と呼ばれるが,正確を期するためには〈屈折接辞〉とでも呼ぶべきである。屈折接辞は,音形のちがいを無視して意味の同じものを同一物と考えると,ある品詞に属する単語(の本体,すなわち〈語幹〉)には原則としてそのすべてに直接もしくは間接的に接続しうる。その際かなり強く結びつくことを特色とする。…
※「語幹」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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