デジタル大辞泉 「き」の意味・読み・例文・類語
き[助動]
「頼め来し人をまつちの山風にさ夜更けしかば月も入りにき」〈新古今・雑上〉
[補説]未然形の「せ」「け」は上代に「せば」「けば」「けく」の形で用いられ、「せば」は中古の和歌にも見られる。「け」「き」はカ変動詞から、「せ」「し」「しか」はサ変動詞から出たものという。カ変連用形からの接続形「きし」「きしか」という形が見られるのは中古からであるが、「きし」は「きし
( 1 )存在態の「あり」を含む「けり」に対して、「あり」を含まない「き」は、出来事が時間的にへだたって存在し、目の前にないことを表わす。
( 2 )「き」の活用は、カ行系の活用とサ行系の活用の取り合わせである。そのうち、少なくとも「し」は、次の例に見られるように古くは変化の結果の状態(口語の「…している」の意味)を表わした。「古事記‐中・歌謡」の「みつみつし 久米の子らが 垣下に 植ゑ志(シ)椒(はじかみ) 口ひひく 吾は忘れじ 撃ちてし止まむ」など。なお、後世にも、「我がそのの咲きし桜を見渡せばさながら春の錦はへけり」〔為忠集〕のように、変化の結果の状態の意味を表わす例が存在するが、これは口語の「た」の用法に引かれこうした用法が生じたものである。
( 3 )未然形「せ」は、常に接続助詞「ば」に連なって「…せば」の形をとり、多くは「まし」と対応して、現実には存在しない事柄を仮想する条件句を作る。上代語、および中古の和歌に主として用いられる。「古事記‐中・歌謡」の「一つ松 人にあり勢(セ)ば 太刀(たち)佩(は)けましを」、「万葉‐三二一四」の「十月(かむなづき)雨間(あまま)もおかず降りに西(セ)ばいづれの里の宿か借らまし」、「古今‐春上」の「世中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし〈在原業平〉」などがある。なお、この「せ」は、古代日本語においてサ変動詞と関係があったとする説がある。
( 4 )上代には、「常陸風土記‐香島・歌謡」の「あらさかの 神の御酒を たげと 言ひ祁(ケ)ばかもよ 我が酔ひにけむ」、「古事記‐下・歌謡」の「根白の 白腕(しろただむき) 枕(ま)かず祁(ケ)ばこそ 知らずとも言はめ」の「け」を、仮想的意味になるので、「き」の未然形とする説がある。→助動詞「けむ」。
( 5 )連体形「し」が、係結びの場合でなくて文の終わりに用いられることがある。「源氏‐夕顔」の「君は、御直衣姿にて、御随身(みずゐじん)どももありし」などは、「連体止」による詠嘆的表現、「徒然草‐三二」の「その人、ほどなく失せにけりと聞き侍りし」や「浮・西鶴織留‐三」の「貧者は我と身を引て、わづか成乱銭(みだけぜに)のそばへも寄かね、心にやるせなかりし」などのような中世以降の例は、口語動詞の連体形が終止形にとって代わったのと相応じて、単なる終止用法へと変化したものと考えられる。
( 6 )中世以降は文語の和歌や軍記では用いられていたが、その用法は限られており、軍記では、次のように待遇表現をともなう丁重な会話文に用いられるのみであった。「太平記‐七」の「城中の搆を推し出して、水を留て候しに依て、敵程なく降参仕候き」など。
( 7 )近世以降、サ行四段活用の動詞に付く場合、「…しし」とならないで「…せし」となる場合が多くなる。「仮・恨の介‐上」の「なかにもくずの恨の介と申せし人は」、「読・雨月物語‐白峯」の「これ経をかへせし諛言(おもねり)の罪を治めしなり」など。明治三八年(一九〇五)の「文法上許容すべき事項」には「佐行四段活用の動詞を助動詞の『し・しか』に連ねて『暮しし時』『過ししかば』などいふべき場合を『暮せし時』『過せしかば』などとするも妨なし」とある。
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
五十音図第2行第2段の仮名。平仮名の「き」も、片仮名の「キ」も、ともに「幾」の草体からできたものである。万葉仮名には2類あって、甲類に「支」「伎」「岐」「妓」「吉」「枳」「棄」「企」(以上音仮名)、「寸」「来」「杵」(以上訓仮名)、乙類に「奇」「寄」「綺」「忌」「紀」「貴」「幾」(以上音仮名)、「木」「城」(以上訓仮名)などが使われ、濁音仮名としては、甲類に「伎」「祇」「藝」「岐」(以上音仮名のみ)、乙類に「疑」「宜」「義」(以上音仮名のみ)などが使われた(「伎」「岐」は清濁両用)。ほかに草仮名としては「(支)」「(起)」などがある。
音韻的には/ki/(濁音/gi/)で、奥舌面と軟口蓋(こうがい)との間より前寄りで調音される無声破裂音[k](有声破裂音[g])を子音にもつ。上代では、甲乙2類に仮名を書き分けるが、これは当時の音韻を反映したものとも考えられる。
[上野和昭]
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