セール(読み)せーる(英語表記)Michel Serres

日本大百科全書(ニッポニカ) 「セール」の意味・わかりやすい解説

セール
せーる
Michel Serres
(1930―2019)

フランスの科学史家、哲学者。フランス海軍学校、エコール・ノルマル・シュペリュール(高等師範学校)に学ぶ。3年間の海軍勤務を経て、クレルモン・フェラン大学で教職に就く。ライプニッツ研究により哲学博士号を取得。

 ルクレティウス、ライプニッツなど、古代から近代までの数学を科学史・現代哲学の観点から再構築する一方で、エミール・ゾラやジュール・ベルヌなどの文学者を通して19世紀における認識論的問題を考察した書物も複数著す。また「自然契約」の概念から環境と人間の問題を思索し、人類学・神話学の角度からの天使論、哲学者論などを執筆するなど、活動分野は広範であった。

 初期の『ヘルメスHermès全5巻(1969~1980)のシリーズでは、「コミュニケーション」「発明」「百科事典」を鍵(かぎ)にライプニッツを読み直しながら、「複数の科学史(エピステモロジー)」を展開する。またフッサール幾何学の起源の探究においては、ギリシアにおける幾何学の発生とその伝承が問題であったが、セールはそれがどの時点/地点で生じてもよいような「諸時間の歴史」のできごととしてとらえる。さらに幾何学の線的思考に対して「図表」のネットワーク・モデルから複数性を考える。ここから商業、盗人、旅人の守護神でありゼウス伝令でもあったヘルメス/コミュニケーション、すなわち翻訳、輸送、取引といったテーマがキーワードになり、狭義の数学や科学史から広大な人間的・文化的領域へと考察は広がる。このモチーフは約35年間にわたって書かれた『幾何学の起源』Les origines de la géométrie(1993)にも受け継がれた。同書ではギリシア哲学における「ロゴス」の意味を検証し、「ロゴス」を語るのに比例・比率という従来の解釈に「輸送」の意味を加え、ギリシア人にとってはa対bという比そのものよりも、a対bがc対dとイコールになるという「アナロジー」がすべてであって、この輸送・翻訳的アナロジーこそがロゴスの本質であるとする。同書の結びでも、新たな言説の流れが尽きることなく広がるだろうと記し、インターネットの発展に積極的なヘルメス/コミュニケーションの可能性をみて、活発な発言をしている。

[原 宏之 2015年5月19日]

『豊田彰・青木研二訳『コミュニケーション ヘルメスⅠ』(1985・法政大学出版局)』『豊田彰訳『干渉 ヘルメスⅡ』(1987・法政大学出版局)』『豊田彰・輪田裕訳『翻訳 ヘルメスⅢ』(1990・法政大学出版局)』『豊田彰訳『分布 ヘルメスⅣ』(1990・法政大学出版局)』『青木研二訳『北西航路 ヘルメスⅤ』(1991・法政大学出版局)』『豊田彰訳『幾何学の起源――定礎の書』(2003・法政大学出版局)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「セール」の意味・わかりやすい解説

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Serre, Jean-Pierre

[生]1926.9.15. バジュ
フランスの数学者。エコール・ノルマル・シュペリュール(1945~48)とソルボンヌ大学に学び,1951年に博士号を取得。1948~54年フランス国立科学研究所 CNRSに所属。ナンシー大学にも学び,コレージュ・ド・フランスで教授を務める。1954年,オランダアムステルダムで開催された国際数学者会議で,代数的位相幾何学(→代数的位相数学)に関する業績によりフィールズ賞を受賞。代数的位相幾何学はアンリポアンカレによるホモロジー論(→ホモロジー代数学)などに起源をもつが,セールはファイバー空間スペクトル系列の方法を確立して,球面のホモトピー群(→ホモトピー論)などの研究に本質的な発展をもたらした。その後の業績は,代数幾何学群論整数論など多岐にわたっている。特に,保型形式,アーベル多様体,ガロアの理論などにおいて,代数幾何学の手法を整数論に応用する,数論的代数幾何学と呼ばれる分野の創設にかかわった。また,セールは数学者グループ,ニコラ・ブールバキの第2世代の一人であり,フィールズ賞受賞者であるアレクサンドル・グロタンディーク,ピエール・R.ドリーニュなどに大きな影響を与えた。2003年にはアーベル賞の第1回の受賞者となった。

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Serres, Michel

[生]1930.9.1. アジャン
[没]2019.6.1. バンセンヌ
フランスの哲学者。1949年海軍士官学校に入学し数学を学んだが,シモーヌ・ベイユの『重力と恩寵』La Pesanteur et la Grâce(1947)を読み哲学に転向した。1952年エコール・ノルマル・シュペリュール(高等師範学校)に入学し,1955年哲学の大学教授資格(アグレガシオン)を取得。1956~58年海軍士官として働いたのち,クレルモンフェランとバンセンヌの大学で教え,1968年ゴットフリート・ウィルヘルム・ライプニッツの哲学に関する論文で博士号を取得。1969年からパリ第1大学の科学史教授,1984年スタンフォード大学教授。1990年アカデミー・フランセーズ会員。数学,物理学,生物学,宗教学など,広範な知の領域を統合し,象徴分析に代わるロゴス分析を提唱,科学哲学の新たな方法を確立した。『ライプニッツの体系とその数学的モデル』Le Système de Leibniz et ses modèles mathématiques(1968),『ヘルメス』Hermès(5巻,1969~80)において科学史と思想史を同一平面でとらえたばかりか,『生成』Genèse(1982)などでは学問と芸術の区分もこえて,哲学,神話,政治,文学,絵画,スポーツなど,多様な対象をロマネスクな文体で横断している。

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イギリスイングランド中北部,グレーターマンチェスター地域南西部,トラフォード地区の町。マンチェスターの南西約 10kmに位置し,その郊外住宅地となっており,近郊農業が行なわれる。ブリッジウォーター運河(1761)が中央部を貫流する。

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オーストラリア,ビクトリア州東部,ギプスランド地方東部の地方中心都市。メルボルンの東 212kmに位置。農牧業およびバス海峡の石油,天然ガス開発により発展。天然ガス処理工場があり,メルボルンへパイプラインで送られる。人口1万 3853 (1991推計) 。

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