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イェーリング イェーリング Jhering, Herbert

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

イェーリング
イェーリング
Jhering, Herbert

[生]1888.2.29. シュプリンゲ
[没]1977.1.15. ベルリン
ドイツの演劇批評家。ウィーンフォルクスビューネ劇場の文芸部員,のちベルリンのドイツ座の文芸部長。ブレヒトを最初に認めた批評家。著書に M.マルソーとの対談『パントマイム芸術』 Die Weltkunst der Pantomime (1956) などがある。

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イェーリング
イェーリング
Jhering, Rudolf von

[生]1818.8.22. オーリヒ
[没]1892.9.17. ゲッティンゲン
19世紀最大の法学者の一人。彼の学問的遍歴は3期に分れ,第1期では,『ローマ法の精神』第1巻 (1852) ,第2巻 (58) および『年報』 Jahrbücher für die Dogmatik第1巻 (57) における序の論説にみられるごとく,むしろ形式的概念法学の発展に貢献した。

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デジタル大辞泉の解説

イェーリング(Rudolf von Jhering)

[1818~1892]ドイツの法学者。伝統的な概念法学に反対し、利益法学自由法論法社会学の糸口を開いた。著「ローマ法の精神」など。

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百科事典マイペディアの解説

イェーリング

19世紀ドイツの代表的法学者。ローマ法研究の基礎にイギリス功利主義を入れ,〈目的は法の創造者である〉という目的論的立場から社会学・文化哲学的法本質観を樹立し,概念法学を批判して,目的法学を提唱。

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世界大百科事典 第2版の解説

イェーリング【Rudolf von Jhering(Ihering)】

1818‐92
19世紀ドイツを代表する法学者の一人。アウリヒの約300年にわたる法律家の家系に生まれた。ゲッティンゲン大学等で学び,ウィーン大学等でパンデクテン法学を講じた。ローマ法学法社会学等の分野で大きな業績を残した。彼には当初(1842年の学位論文以来),法学を学問的な体系に高めようという,当時サビニープフタらの歴史法学派にみられた法教義学Rechtsdogmatik的志向が強かった。1852年より刊行の名著《ローマ法の精神》は,古代ローマの法をローマ社会の基底をなす諸原理に結びつけ体系的に叙述したものである。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

イェーリング
いぇーりんぐ
Rudolf von Jhering
(1818―1892)

19世紀後半ドイツの代表的法学者。ハイデルベルク、ゲッティンゲン、ベルリンの各大学に学び、ウィーン、ストラスブール、ゲッティンゲン、ベルリンなどの大学教授を歴任。歴史法学派の立場から書かれた初期の著作『ローマ法の精神』(1852~1865)は不朽の名著として知られる。そこでイェーリングは、法律の条文や法解釈が現実社会とどのようにかかわっているかという観点からローマ法を研究し、またローマ法を支えているローマ精神を明らかにした。続く『権利のための闘争』(1872)では、法の目的は現実の社会において相争う利益間の闘争を通じて実現されるとし、そのため日常不断に権利を確保する闘争が重要であることを説いて、単なる歴史法学派の立場を乗り越えた。さらに『法における目的』(1877~1883)では、法解釈にのみ重点を置いて法の目的を考えようとしない概念法学に反対し、目的法学の立場から、法の現実社会との関連をとらえる必要性を説いた。このようなイェーリングの実用主義的、実証主義的方法は、今日の利益法学、自由法論、法社会学などの発展に大きな影響を与えた。[田中 浩]
『村上淳一訳『権利のための闘争』(岩波文庫)』

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世界大百科事典内のイェーリングの言及

【契約締結上の過失】より

…この場合その売買契約は,原始的不能を目的とする契約となって効力を生ぜず,したがって,買主が別荘を下見に行くために支出した旅費等の費用(損害)は,本来は契約責任によっては売主に追及できないことになるが,その場合でも賠償させようという法理である。ドイツ民法制定前の19世紀後半に,イェーリングによって提唱され,ドイツ民法には,この法理を前提とした規定がいくつか見られる(たとえば,ドイツ民法307条によれば,上記の例の買主は原始的不能を知りまたは知りうべかりし場合を除き,契約が有効だと信じたことによる損害の賠償を請求できるのが原則である)。ドイツでは,この法理は,(1)ドイツ民法の不法行為規定が一般条項でないため,不法行為によって救済される範囲が狭く,契約責任で救済したほうが妥当な場合が多いこと,また,(2)不法行為責任の追及ができる場合でも,契約責任として扱い不法行為責任よりも重い責任を認めるのが妥当と考えられること,などの理由により,著しく発展して,現在に至っている。…

【権利のための闘争】より

…ドイツの法学者イェーリングがウィーンで行った講演より成る書物。1872年刊。…

【法社会学】より

…まず,市民革命ないし近代市民国家の成立の前後において,これに即応する制定法とくに法典の編纂の前提として,全体的な法的社会像を描く努力がなされた。フランスのJ.E.M.ポルタリス,ドイツのR.イェーリングO.F.vonギールケ,オーストリアのA.メンガーなどがその例である。 ついで資本主義の高度な発展により,法と社会とのギャップが顕在化したとき,自由法論を経由して,法社会学が,法社会学という名の下に自覚的な発展を始めた。…

【目的法学】より

…法の研究や解釈にあたって〈目的〉の概念を指導理念とすることにより,法を現実生活に密着したものたらしめようとする法学上の一傾向。19世紀の後半にドイツの法学者R.vonイェーリングによって提唱された。彼によれば,あらゆる社会制度は個人的および社会的な目的を根底に有している。…

【ローマ法の精神】より

…ドイツの法学者R.vonイェーリングの古代ローマ法に関する名著。全題は《Geist des römischen Rechts auf den verschiedenen Stufen seiner Entwicklung》。…

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