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シベリア開発 シベリアかいはつ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

シベリア開発
シベリアかいはつ

ロシアのシベリア地方の経済建設。 1891~1905年のシベリア鉄道開設に象徴されるように,ロシアのシベリア進出は 20世紀初頭に本格化したが,経済開発が進みだしたのは第2次世界大戦前後である。 56年,ソ連共産党の第 20回党大会において,ウラル以西の重工業の発展促進と,ウラル以東シベリア,極東方面の豊富な資源の開発とこの地域の重工業化をはかる開発計画が公表された。しかしシベリア開発の総合計画に関しては具体的には示されず,地域別計画として部分的に具体化しているにすぎなかった。ブラーツク,クラスノヤルスクなどの水力発電所,バイカル湖付近のパルプ工場,アルミニウム工場,ウランゲリ港などが完成または着手されており,石油,ガス,非鉄金属など地下資源の調査,開発も進められている。チュメニ州の石油はバクーに代りソ連工業の原動力となるとともに,東欧への輸出,外貨獲得源としても大きな力となってきた。しかし,東西の交通の不十分,人口と労働力の不足,気候風土の不良,莫大な機械設備を東に送るためのウラル以西工業力の余裕不足,労働者定着施策の不十分などが問題となっていた。 87年ソ連は 2000年までの極東発展計画を採択し,この地域の開発に積極的に取組む姿勢を見せ,木材加工,漁業などで日本などとの合弁企業もできつつある。ソ連崩壊後地域主義が強まり,旧ソ連沿海州と日本の日本海側諸地域との協力関係が注目されるようになった。

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世界大百科事典 第2版の解説

シベリアかいはつ【シベリア開発】


[帝政時代]
 ロシアではすでに12~13世紀にノブゴロドの商人が,交易のためウラル山脈を越えて西シベリアに達した。16世紀の半ばになると,今度はモスクワの商人たちが毛皮を求めて,遠くエニセイ川の河口まで行った。1558年富裕な商人グリゴリー・ストロガノフはツァーリ,イワン4世から西シベリア開発の許可を得たが,そのねらいは毛皮をはじめとする魚,塩,銅,銀などの豊富なシベリアの資源であった。ストロガノフ家エルマークを長とするコサック隊をシベリア遠征に派遣したが,彼らは82年にシビル・ハーン国の本営を陥れ,次いでその主都カシリクKashlykを占領した。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

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