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セネガル セネガル Senegal

翻訳|Senegal

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

セネガル
セネガル
Senegal

正式名称 セネガル共和国 République du Sénégal。面積 19万6722km2。人口 1264万4000(2011推計)。首都 ダカールアフリカ大陸西端部の国。北はモーリタニア,東はマリ,南はギニアギニアビサオと国境を接し,ガンビアを内包,西は大西洋に臨む。

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デジタル大辞泉の解説

セネガル(Senegal)

アフリカ大陸西端の共和国。首都ダカール。燐(りん)鉱石や落花生を産出。フランス領から1960年に独立。人口1232万(2010)。

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百科事典マイペディアの解説

セネガル

◎正式名称−セネガル共和国Republic of Senegal。◎面積−19万6712km2。◎人口−1351万人(2013)。◎首都−ダカールDakar(240万人,2010)。

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世界大百科事典 第2版の解説

セネガル【Sénégal】

正式名称=セネガル共和国République du Sénégal面積=19万6712km2人口(1996)=853万人首都=ダカールDakar(日本との時差=-9時間)主要言語=フランス語ウォロフ語通貨=CFAフランFranc de la Communauté Financière Africaine西アフリカの西端に位置する共和国。西は大西洋に面し,北はセネガル川でモーリタニアと接し,東はその支流ファレメ川がほぼマリとの国境をなしている。

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大辞林 第三版の解説

セネガル【Senegal】

アフリカの西端、大西洋に面する共和国。落花生・リン鉱石の産が多い。1960年フランスから独立。住民はスーダン系黒人。主要言語はフランス語・ウォロフ語。イスラム教徒が多い。首都ダカール。面積19万7千平方キロメートル。人口1170万( 2005)。正称、セネガル共和国。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

セネガル
せねがる
Republic of Senegal英語
Rpublique du Sngalフランス語

西アフリカの西端にある国。正称はセネガル共和国Rpublique du Sngal。首都ダカール西郊のベルデ岬はアフリカ大陸最西端の地として知られる。国土の形は大西洋をにらむライオンの横顔に似ており、口にあたるところに、1982年セネガルとともにセネガンビア連邦を結成したガンビアがある。北はセネガル川を境にモーリタニア、東はマリ、南はギニア・ビサウ、ギニアと国境を接している。奴隷貿易時代にはダカール沖合のゴレ島は奴隷貿易の根拠地として知られ、フランス植民地時代にはダカールは西アフリカ植民地行政の中心地であった。詩人で初代大統領のL・S・サンゴールは1960年の独立から1980年に勇退するまで21年間の長きにわたってその地位にあり、親西欧的政策をとってきた。植民地時代のモノカルチュア(単一作物生産)経済が現在も続き、ラッカセイと燐(りん)鉱石が主要輸出品である。面積は19万6722平方キロメートルで日本の約半分、人口は1100万(2006推計)、1253万4000(2009推計)。首都ダカールの人口は260万(2007推計)。[藤井宏志]

自然

国土の大部分を占めるセネガンビア低地は起伏が少なく、きわめて低平であることが特徴で、ほとんどが標高200メートル以下の平野である。200メートルを超す山地らしい山地は南東部のニオコロ・コバ国立公園とその周辺の山地のみで、ギニアのフータ・ジャロン山地の北端が入り込んだものである。平野を西流し大西洋に注ぐセネガル川、ガンビア川、カザマンス川の三大河川は農業や交通に大きな役割を果たしている。もっとも大きいセネガル川はフータ・ジャロン山地を水源とし、雨期に増水して下流で氾濫(はんらん)をおこす。河口のサン・ルイからベルデ岬にかけての海岸や内陸には風成砂丘がみられる。
 気候は、北部がサハラ砂漠に続く雨の少ないステップ気候、中部と南部が雨期(7月~10月)と乾期(10月~6月)のあるサバンナ気候である。年降水量は北部で500ミリメートル、南部で1800ミリメートル程度であり、北部や中部では乾期には灌漑(かんがい)が必要である。年じゅう高温であるが海岸部と内陸部とではかなりの温度差がある。カナリア海流(寒流)が南下するため北部海岸では冬気温が13℃まで下がって涼しくなる。内陸部の夏は40℃以上になり暑い。冬季にはサハラ砂漠から吹き出すハルマッタンとよばれる砂まじりの乾いた風に襲われる。雨の少ない北部では乾燥に強い巨木バオバブが各地でみられ、高温湿潤な南部ではココヤシや熱帯樹林が広がっている。[藤井宏志]

歴史

現在のセネガルの領域は、中世にはアルモラビド王国、マリ帝国の支配下にあり、その後ウォロフ人の国家(14世紀)、フルベ人の王国(15世紀)が栄えた。近世にヨーロッパ人が来航して交易や奴隷貿易を行い、ついには植民地として領有されるに至った。まず1444年ポルトガルが進出し、16世紀にフランス、オランダ、イギリスが進出した。なかでもフランスはセネガル川河口で交易を始め、17世紀なかばには河口のサン・ルイ島に城塞(じょうさい)をつくり根拠地とした。サン・ルイは17~18世紀に都市として発展し、交易の中心地となった。セネガル地域はイギリスとフランスの争奪の対象となり、フランス革命から1815年までの間、サン・ルイがイギリスの手に落ちた。その後総督ファイドエルブのときフランスは内陸部にも植民地を広め、ダカール港を開港してラッカセイの栽培と輸出を進めた。内陸部でイスラム王国がフランスの侵攻に抵抗したが、19世紀末には全域が植民地に組み込まれ、他の領域とともにフランス領西アフリカを形成した。1902年サン・ルイにかわりダカールがフランス領西アフリカの首都となり、行政、経済の中心地として発展した。一部のものにしか市民権が与えられなかったにもかかわらず、第一次、第二次の世界大戦には多数のアフリカ人が徴兵されヨーロッパ戦線に送られた。第二次世界大戦後サンゴールを中心に独立運動が盛り上がり、1958年自治共和国となり、「アフリカの年」の1960年6月、現在のマリとともに「マリ連邦」を結成した。しかし、両国の利害や指導者の考え方が対立して、2か月後の8月にセネガルはマリ連邦を離脱、単独の国として独立した。[藤井宏志]

政治

政体は立憲共和制で、大統領は直接選挙で選ばれる。独立以後1980年までサンゴールが大統領の地位にあったが、高齢を理由に辞任し副大統領アブドゥ・ディウフAbdou Dioufが第2代大統領となった。ディウフは1983年、1988年、1993年の大統領選のいずれにも勝利し、三選を果たした。しかし、2000年の大統領選挙では、セネガル民主党(PDS)党首のアブドゥライ・ワッドAbdoulaye Wadeが、ディウフを破って当選し大統領に就任、政権の交代は平和裡(り)に行われた。2007年2月の大統領選挙でワッドが再選された。親フランス、親西欧の対外政策をとっている。1980年代から南部カザマンス地方で独立運動が起きている。議会は国民議会の一院制で、議員120名は普通選挙で選ばれる。政党は長らくセネガル進歩同盟(UPS)の一党独裁であったが、1976年に複数政党制となり、1984年には15の政党があった。1993年の総選挙では120議席を六つの政党が占め、UPSの後身のセネガル社会党が第一党となった。2001年の国民議会選挙ではPDS主導の連合が120議席のうち89議席を獲得した。2007年6月、議席数が250に拡大された国民議会選挙で与党PDSを中心とする連立勢力「変革」が圧勝、131議席を得た。全国に10州があり、さらに県、郡、市、村に分けられる。州、県、郡の首長は任命制、他は議会で選出する。州を除いた各自治体に議会がある。司法制度はフランスに倣っている。
 独立以来、イギリスの植民地だったガンビアとの合併が検討されてきたが、1981年7月のガンビアにおけるクーデターを機に機運が高まり、1982年2月「セネガンビア連邦」を樹立したが、1989年破棄した。軍備は陸海空の3軍があり、陸軍1万1900人、海軍950人、空軍770人の兵員を有する。フランスと共同防衛協定を結び、フランス軍840人が駐留している。[藤井宏志]

経済・産業

植民地時代、セネガル地域はフランス領西アフリカの経済の中心地であったが、構成国がばらばらに独立したため市場が縮小し、工業化、商品作物の多角化にも遅れをとり、1人当り国民総所得(GNI)は830ドル(2007)と低い。フランスとの経済関係は依然として強く、貿易は輸出入とも多くを占めている。輸出相手国はマリ(24.0%)がトップで、フランス(9.5%)が第2位である。
 農業従事者は就業人口の33%を占める。第一の商品作物であったラッカセイは、1834年乾燥地に適する作物として導入され、せっけん製造原料として輸出されている。生産高は1975年の豊作時には148万トンで世界生産の7.5%(世界第4位)を占めたが、1980年には干魃(かんばつ)で50万トンに落ち込み、1993年には63万トンに回復するなどきわめて不安定であり、2007年には33万トンに減少した。西部の鉄道沿線地域が栽培の中心で、カオラク地方で全体の約半分が生産される。小農による栽培が多いが、最近では大農園も出現している。収穫期にはギニアから季節労働者が流入する。ほかに商品作物として綿花、サトウキビ、野菜が伸びている。自給用の食料作物は、伝統的な主食であるアワ、キビ、近年主食となった米、トウモロコシ、キャッサバ(南米原産の根茎作物。根を食用とし、タピオカの原料となる)、バナナが栽培される。米はセネガル川、カザマンス川下流で栽培される。自給用作物は全般に需要に満たず輸入に頼っている。家畜は、ウシ318万頭、ヒツジ・ヤギ948万頭、ウマ82万頭、ロバ38万頭、ラクダ4600頭が飼育されている。北部の牧畜民による飼育だけでなく、農民の農耕用家畜も多いのが特徴である。沿岸にカナリア海流による好漁場をもち、マグロ、カツオ、タイ、エビ、タコなど年間42万トンの漁獲量がある。魚貝類が輸出額のトップ(20.2%。2007)である。主要漁港はダカール、サン・ルイで、河川での淡水漁業も盛んである。
 工業は、特産のラッカセイと燐(りん)鉱石を加工するラッカセイ油、肥料などの工業が中心である。工業都市としてダカール(石油精製、ラッカセイ油、肥料、せっけん、製紙、製鉄、プラスチック、船舶修理、繊維、セメント)、サン・ルイ(食品、繊維、化学)、カオラク(ラッカセイ油)、ティエス(ラッカセイ油、繊維、肥料)、リュフィスクなどがある。資源は、燐鉱石を年180万トン(2007)産出し、タイバ、パロが主産地である。東部のファレメで埋蔵量9億8000万トンの鉄鉱山が発見され有望視されている。このほかチタン、銅、天然ガス、石灰石などが産出される。
 主要輸出品目は魚貝類、石油製品、化学薬品、セメント、植物油などで、主要輸出相手国はマリ、フランス、インド、ガンビアなど。主要輸入品目は石油製品、穀物、原油、一般機械などで、主要輸入相手国はフランス、ナイジェリア、オランダ、中国などである。貿易収支は慢性的に大幅な輸入超過である。
 鉄道は1885年西アフリカで最初に敷設されたダカール―サン・ルイ間をはじめ、ダカールとマリを結ぶ国際鉄道など4路線がある。道路は総延長1万4500キロメートルのうち3000キロメートルが舗装道路、未舗装道路は雨期に通過困難となる。河川も古くからの重要な交通路である。ダカールはヨーロッパとアメリカ大陸を結ぶ中継点にあり、航空路、海上航路ともに集中している。13の都市に空港があり、ダカール国際空港(サンゴール国際空港)は各国からの路線が乗り入れている。[藤井宏志]

社会・文化

人口密度は1平方キロメートル当り64人(2009)である。人口密度の高い地域は、ダカール、ティエス、ディウルベル、カオラクの諸都市のある西部地域とカザマンス川下流地域である。近年人口は都市部へ流入する傾向にある。またフランスへの労働移民も多く、6万人に達している。人口増加率は2.6%(2000~2006)であるが、医療水準が低く、平均余命も男56.9歳、女60.2歳である。国民は約20の民族集団から構成され、主要部族はウォロフ(43%)、フルベ(プールともよばれる、24%)、セレル(15%)のほかトゥクルール、マンディンゴ、ディウラである。ウォロフ人、セレル人は人口密度の高い西部地域に、トゥクルール人はセネガル川流域に、フルベ(プール)人は北部とカザマンス川上流域に、マンディンゴ人は南部に、ディウラ人はカザマンス川下流域にそれぞれ居住する。各部族はそれぞれ伝統的な文化をもち、サンゴールはその発展に努めたが、都市部ではフランス文化の影響も強い。公用語はフランス語、国語はウォロフ語、フルベ語、セレル語、ディウラ語、ソニンケ語であり、日常には各部族語が用いられる。学校教育にはフランス語を使用している。宗教はイスラム教徒(ムスリム=イスラーム信者)が94%を占め、至る所にモスクがみられる。キリスト教徒が5%、残りは伝統的な部族宗教である。教育制度はフランスに倣っており、小学校6年間が義務教育であるが、就学率は80%(2006)。最高学府はダカール大学である。
 ユネスコ世界遺産には、文化遺産として「ゴレ島」「サン・ルイ島」「セネガンビアのストーンサークル群」、自然遺産として「ニオコロ・コバ国立公園」「ジュッジ国立鳥類保護区」が登録されている。[藤井宏志]

日本との関係

日本への輸出品としてタコ、イカ、アワビ、ホタテ、タチウオなどの魚貝類、日本からの輸入品として自動車、鋼板、機械、織布がある。日本の経済、技術協力は水産関係が多く、青年海外協力隊員も派遣している。日本の西アフリカ研究者は一度はダカールのブラック・アフリカ研究所(IFAN)を訪れる。[藤井宏志]
『本城靖久著『セネガルの3年』(1977・実業之日本社) ▽日本貿易振興会編・刊『セネガル・モーリタニア』(1981) ▽勝俣誠編『セネガルの農業――現状と開発の課題』(1997・国際農林業協力協会) ▽小川了編著『セネガルとカーボベルデを知るための60章』(2010・明石書店)』

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