ドルトン(英語表記)John Dalton

  • Dalton, John
  • dalton

デジタル大辞泉の解説

[1766~1844]英国化学者。混合気体の分圧法則発見。また原子説を化学に導入し、倍数比例の法則を発見した。色覚異常の研究でも知られる。ダルトン
《「ダルトン」とも》原子分子質量を表すSI併用単位質量数12の炭素の12分の1、すなわち統一原子質量単位に等しい。主に生化学で高分子の質量を表すときに用いられる。記号Da

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百科事典マイペディアの解説

英国の化学者。織物工の子として生れ,小学校卒業後は独学。初め気象観測に興味をもち(観測は終生行った),のち気体の物理的性質の研究,1796年以降化学の研究を行う。1801年混合気体の分圧の法則ドルトンの法則)を発見,1803年には近代原子論の概念に到達し,倍数比例の法則を発見。彼の原子論は主著《化学哲学の新体系》(1808年)で発表され,近代化学の理論的基礎を確立した。
→関連項目アボガドロ原子論ジュール

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世界大百科事典 第2版の解説

1766‐1844
イギリスの化学者,物理学者。化学的原子論を唱え,哲学的傾向の強かった原子論を科学に高める。カンバーランド州イーグルスフィールドの半農半工の家の出。同村の学校教師(12歳),ケンダルの寄宿学校助教師(15歳),とともに同学校の経営者兼教師(19歳)を経て1792年マンチェスターのニュー・カレッジ数学・哲学教授。1800年からは私塾を開き,クエーカー教徒としてつましい生活を送るかたわら,マンチェスター文芸哲学協会(1800年書記,08年副会長,17年会長)にって研究に専念する。

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精選版 日本国語大辞典の解説

(John Dalton ジョン━) イギリスの化学者、物理学者。気体分圧の法則・倍数比例の法則を発見。また、原子論を提唱し、近代化学の確立に貢献した。主著「科学哲学の新体系」。(一七六六‐一八四四

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化学辞典 第2版の解説

イギリスの化学者.北イングランド出身.地元のクェーカー教徒の小学校を出た後は独学で自然科学を修め,後年S. Smilesの名著“西国立志編”に取りあげられるほど傑出した才能を幼年時に披歴する.1781年ケンダルに移り初等学校の経営に従事.盲目の自然哲学者J. Goughに師事し,1787年より気象観測を開始.生涯休むことなく約20万回の観測記録を残す.1793年マンチェスターに移住し,非国教会系高等教育機関マンチェスター・カレッジの数学・自然哲学の教師に就任.オーロラの原因を地磁気に求めた,最初の著作“気象観測および論文集”を刊行.1794年には自ら色盲であることを発見する論文を発表(色盲のことを一名Daltonismという).同年マンチェスター文芸哲学協会会員.諸種の気体に関する実験研究をはじめる.1803年史上はじめて原子量表を記述(雑誌発表は1805年).I. Newton(ニュートン)の自然哲学で前提されていた原子論とA.L. Lavoisier(ラボアジエ)の元素論を統合し,元素の多様性を重量の異なる諸種の原子の存在に求め近代原子論の基礎を築いた.かれの科学的原子論は,1808年刊行の主著“化学哲学の新体系”(第1巻・第1部)で詳細に論じられ,友人T. Thomsonやロンドンで活躍していたH. Davy(デイビー)をはじめとする多くの一線の科学者に衝撃を与えたが,元素の相対的重量(原子量)を決定する原理に不備があったため批判が集中し,一時は原子の存在を仮定しない化学当量を原子量のかわりに用いる傾向が生まれた.その後,原子量確定のための原理的工夫が重ねられ,1860年に開催されたカールスルーエの国際化学者会議でようやく安定した原子量表が得られた.1817年文芸哲学協会会長.1826年ロイヤル・ソサエティ会員.1842年最後の発表論文はオーロラに関するものであった.家庭教師を生業としながら勤勉な実験生活を続け,生涯独身だった.

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旺文社世界史事典 三訂版の解説

1766〜1844
イギリスの化学者・物理学者
気体の研究を行って「ドルトンの分圧法則」を,化学の領域で「倍数比例の法則」を発見。これらの成果の上に原子説を発表し,近代原子論の創始者と呼ばれる。

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世界大百科事典内のドルトンの言及

【化学】より

…J.L.プルーストは,どのような条件でつくられようとも一つの化合物の元素組成は一定であるという〈定比例の法則〉を発見した(1799)。J.ドルトンは,2種の元素AとBが化合して2種以上の化合物をつくるとき,各化合物で一定量のAと化合するBの重量は簡単な整数比をなすという〈倍数比例の法則〉を発見した(1802)。この二つの経験則は物質がこれ以上分割できない原子からなると考えれば説明できると考えたドルトンは,《化学哲学の新体系》3巻(1808‐27)において彼の原子論を展開した。…

【原子論】より

…18世紀末,いわゆる化学革命を実行して,近代的化学の成立に貢献したラボアジエでさえ,原子の概念をまじめに取り扱ったとはいえない。しかしラボアジエの定立した元素の背後に具体的に原子を当てはめ,それらの相対的な重量比を導入し,原子どうしの結合や分離によって,化学反応をとらえるという,ドルトンの新体系(《化学哲学の新体系》)こそ,今日の原子論を基盤にした化学の出発点だったといえる。その後19世紀末に,いわゆる原子がそれ以上分割し得ない究極粒子ではなく,その内部構造を問題にしなければならないことを示す証拠が数多く現れた。…

※「ドルトン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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