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中国神話 ちゅうごくしんわChinese mythology

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中国神話
ちゅうごくしんわ
Chinese mythology

中国神話の現存するものは断片的であり,かつ少い。中国神話学の発達も十分ではない。殷代の遺物によれば,各部族ごとに族神を有しており,太陽神と関連すると思われる東母,西母もあり,また神話の痕跡をとどめる図像もあるので,当時神話が発展していたと推定される。周代の『詩経』には,公劉 (こうりゅう) 神話,后稷 (こうしょく) 神話,織女説話など相当発達した神話を示しているものがある。宇宙開闢神話は戦国時代頃に発達し,その他の神々は断片的に残るか,または民間信仰のうちに没入した。

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世界大百科事典 第2版の解説

ちゅうごくしんわ【中国神話 Zhōng guó shén huà】


[神話の類型]
 神話はその民族と文化が形成される過程を自己認識する方法として生まれ,歴史時代に入るとともにその創造を停止する。それで神話が歴史と接続する時点で,神話の位相が定まるのである。たとえば国家成立期には国家神話,文化的連帯の成熟した地域では文化神話,その未成熟の地域では体系化以前の様態のままで残される。以上をかりにa,b,cとすると,中国神話はc形態のものである。殷王朝は古代王朝として一応神話の体系を成就したが,その滅亡によって伝承は失われ,これに代わった周はすでに歴史時代に入り,の思想を国家理念とし,神話には合理的な解釈が加えられて経典化された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中国神話
ちゅうごくしんわ

『史記』をはじめとする中国古代の権威ある史書の多くは、中国にはその開闢(かいびゃく)の当初から後世の人々が三皇五帝(さんこうごてい)として敬慕する聖天子が君臨していたと説いている。そのため、中国には神々の活躍する神話時代が存在しなかったように考えられ、中国は「神話なき国」であるとされがちであった。しかし、神話がないということは神話がなくなったということであって、初めから神話が存在しなかったということではない。たとえば、三皇五帝に数えられている伏羲(ふくぎ)や女(じょか)は本来人頭蛇身であり、このような奇異な姿は漢代以降においても壁画そのほかにおもかげをとどめている。有徳のため帝王に就任した聖天子と、その怪異な形姿との間に認められるこの矛盾は、元来神話的存在であったものが作為的に改変されたことを示唆している。
 中国は、インドやギリシアなどとともに世界最古の文明を開化させた栄誉を有しながら、こと神話に関する限り、それらの古代文明世界に比肩しうるような遺産を残していない。それは、おもに神話伝承の記録化に対する当時の知識人たちの価値観のありようによっている。古代中国では、文筆をとることのできた諸子百家などの限られた数の知識層の関心は、もっぱら治国という現実問題に向けられていた。またとくにその時代が春秋戦国期という激動の時代にあたっていたため、彼らにとっては治世こそが最大の課題であった。したがって、神話伝承すらも現実性を帯び、彼らの主義・主張に都合のよいように過去の事実として採用され、さらに彼らの文筆によって道徳臭の濃い歴史上の教訓や、人生の指針となる寓話(ぐうわ)につくりかえられた。そのため、人頭蛇身や牛頭人身などの神話上の存在が徳をもって人民を教化したり、文物を創始して人々の生活を向上させた聖天子に面目を改められたのであった。
 しかし、神話のおもかげをまったくうかがい知ることができないわけではなく、体系的な神話を知るすべもないにしろ、幸いに『楚辞(そじ)』『山海経(せんがいきょう)』『荘子(そうじ)』『淮南子(えなんじ)』などの限られた一部の古文献や、『三五歴記(さんごれきき)』などの後世の書のなかにその断片を認めることができる。以下にそれらの記事を縫合して中国古代神話の一端をうかがうことにする。
 世界は初め混沌(こんとん)とし、上下左右の区別もつかなかった。やがて清らかな気が上昇して天となり、濁った気が下りて凝固し、地となった。しかし、当初天と地は接近しており、今日みるように遠く離れてはいなかった。そしてこの天地の間に盤古(ばんこ)という神が生じ、その成長につれて天はより上に、地はより下へと押されていき、ここに天地が開闢した。やがて盤古の寿命が尽きて死ぬと、その身体の各部分が山岳や河川、海、日月、星辰(せいしん)、さらに草木や岩石などに変化した。
 この世界に人間が出現したのは、女の営為によると伝えられている。女は泥土をこねて人間をつくったが、そのつくり方に精疎の差があったため、それが有能・無能や身体の全・不全などの違いとなったという。火の発見とその利用は燧人(すいじん)という神に始まる。ただしこの呼び名自体が火の発見者、創始者を意味するから、神名というよりむしろ火の文化の擬人化である可能性が濃い。また農耕は神農(しんのう)という神によって始められたという。ただしこの名も、同じく農耕の創始神とされている后稷(こうしょく)とともに、農業の神そのものを意味している。これらのほか、婚姻の制は伏羲(ふくぎ)、文字は蒼頡(そうきつ)によって始められるなど、さまざまな文化や制度が神々によって創始され、太古の人々は豊かで平和な生活を享受していた。
 ところが、この世界に大きな災害が発生し、大混乱となった。それは、この世界の支配を望んで果たせなかった共工(きょうこう)神が、立腹のあまり天を支えている柱の1本を折ったためである。突然火災や地崩れが生じ、この世界は水没の危険にさらされた。別の伝承では、10個の太陽が一度に出現したためにこの世が赫熱(かくねつ)地獄に化したともいい、また大混乱は突然の大洪水の発生によったとも伝えられている。なお「昔」を表す甲骨文字が日と大水からできあがっているのは、太古の大洪水に関するこのような伝承を反映しているものともいわれている。そしてこれらのさまざまな災禍は、女(げい)、禹(う)らの活躍によって救われるが、以上の諸伝承は明らかに系統の異なる神話であったと思われる。なかでも禹は、治水の功によって中国最初の王朝といわれる夏(か)の初代の王に推戴(すいたい)された。のちにこの夏にかわったのが湯(とう)王に始まる殷(いん)王朝で、神話時代はこのころ終わりを告げ、真の歴史がこの殷王朝の後半から始まる。
 以上はそのすべてが漢民族本来の伝承であったかどうか、なお検討を要する。今日、中国西南地区に住むさまざまな民族、たとえばミャオ(苗)、ヤオ(瑤)、チュワン(壮)あるいはラフ(拉)族などの諸族の間にも同じように天地創始や、人類出現後、大洪水の発生、複数の太陽の出現という災害によって地上が一時期混乱に陥り、それを克服したあとに初めて平安な世界が訪れたという内容の神話が語り伝えられている。これらは漢族の影響を受けたものであるのか、それとも彼ら本来の伝承であって、それが逆に漢族に影響を与えてその記録にとどめられるようになったのか、つまびらかではない。この解決は、中国古代神話の研究上、重要課題の一つである。[伊藤清司]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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