例えば,特定の家屋を売買する契約が結ばれた後にその家屋が類焼したときや,歌手が地方の劇場に出演する契約を興業主と結んだ後に交通が途絶して出演できなくなったときは,家屋の引渡しや出演という一方の債務は履行不能で消滅するが,代金支払や出演料支払という他方の債務はどうなるのかという問題が生じる。つまり,双務契約(双務契約・片務契約)において,対価関係にある各債務のうち,一方が債務者の責めに帰すことのできない事由により履行不能となって消滅した場合に,他方の債務はどうなるのかというのが,危険負担の問題である。もし他方の債務も消滅するとすれば,売主や歌手は売買代金や出演料を請求できないから,債務の消滅による損失はその消滅した債務の債務者が負担することになる。その反対に,他方の債務だけは存続するとすれば,売主や歌手は売買代金や出演料を請求できるから,損失は債権者が負担することになる。前者を債務者主義,後者を債権者主義という。そのいずれを採るかについては,ローマ法以来各国の立法主義が分かれている。
日本の民法は,債務者主義を原則とする(536条1項)が,特定物に関する物権の設定または移転(〈物権〉〈種類債権〉の項目を参照)を目的とする双務契約については,その目的物の滅失または毀損について債権者主義を(不特定物については特定を生じたときから)とっている(534条)。したがって,上記の例でいえば,歌手は出演料を請求できないが,売主は代金を請求できる(半焼のときは半焼家屋を提供して代金全額を請求できる)ことになる。民法が上記の場合に例外的に債権者主義を定めた根拠として,沿革的説明などのほか,特定物売買では契約と同時に所有権などが買主(債権者)に移転するから危険も同時に移転するとか,特定物の引渡しは引渡時の現状で行えば足りるからだとか説明されてきた。しかしいずれも説得力が十分とはいいがたく,近時の学説は,債権者主義は公平に反し取引の常識にもそわないと強く批判するようになった。最近では,民法の規定にかかわらず,特約のないかぎりは債権者が目的物についての支配を収めたと認められる時点,つまり引渡し・登記ないしは代金支払のいずれかが行われたときから危険は買主(債権者)に移るとする見解が大勢を占めてきている。また,各場合における売買の性質や態様に応じて(当事者間の別段の合意,または別段の取引慣行があると解することにより),債権者主義の適用を妥当な範囲に制限しようとする傾向が著しい。ちなみに,債権者の責めに帰すべき事由による履行不能の場合には,債権は消滅し,いちおう危険負担の問題を生ずるものの,債務者の反対給付請求の権利は消滅しないとする(債権者主義)のが公平に適することは自明で(536条2項参照),特に問題にする必要がない。また,債務者の責めに帰すべき事由による履行不能の場合にはその債務は損害賠償債務に代わり,両当事者の責めに帰すべき事由による履行不能の場合には損害賠償請求と過失相殺(418条)の問題を生ずるだけであって,いずれも危険負担の問題を生じない。なお,危険負担に関する規定は強行規定ではないので,実際取引では民法の債権者主義と異なる特約が広く行われている。
執筆者:中馬 義直
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売買のような双務契約において、一方の債務が債務者の責に帰することのできない事由で履行不能となって消滅した場合に、他方の債務も消滅するかどうかが問題とされるが、それを危険負担の問題という。たとえば、甲と乙とが売買契約を結び、甲の債務が甲の責めに帰することのできない事由(たとえば、家屋の類焼など)で履行不能となり消滅したとする。もし乙の債務もともに消滅するとすれば、甲の債務が履行不能によって消滅したことの危険は、その債務の債務者である甲が負担することになる。このような解決を債務者主義という。反対に、乙の債務が存続するとすれば、甲の債務が消滅したことの危険は、その債務の債権者である乙が負担することになる。このような解決を債権者主義という。
民法は原則として債務者主義をとり、例外として債権者主義をとった。すなわち、両当事者の責めに帰することのできない事由による履行不能の場合の危険は、債務者(前例の甲)が負担するものとし、他の債務も消滅するものとした。したがって、履行不能によって消滅した債務の債務者(前例の甲)は反対給付を受ける権利を有しない(民法536条1項)。しかし、契約の目的が特定物に関する物権の設定または移転であるときには、危険は債権者(前例の乙)が負い、他の債務は消滅しないものとした。したがって、消滅した債務の債務者(前例の甲)は反対給付を受ける権利を失わない(同法534条1項)。ただし、実際的機能としては、例外(特定物)のほうが重要であって、債権者主義の合理性については疑問がある。学説上も批判があり、その適用範囲を制限する傾向が強い。なお、債権者の責めに帰すべき事由による履行不能の場合は債権者が負うのはいうまでもない。
[淡路剛久]
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…このように,はじめから実現不能なことを内容とするとき,給付は原始的不能であって,債権は成立しえないといわれる。これに反して,債権成立後に不能を生じたとき,たとえば,前例において契約成立後に建物が,甲の失火や落雷によって焼失したような場合には(後発的不能),債権はいったん成立したことになり,甲の債務不履行(履行不能)により損害賠償請求権に転化するか(失火の場合),危険負担(落雷の場合)の問題を生ぜしめるかにすぎない。なお,ここで不能というのは物理的な不能だけでなく社会観念から不能とみられる場合をも含む。…
※「危険負担」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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