僧位(読み)そうい

デジタル大辞泉の解説

そう‐い〔‐ヰ〕【僧位】

智徳年戒によって僧に与えられる位階。天平宝字4年(760)、大法師位を最高位に、その下に伝灯修行二色を置き、それぞれ法師位・満位・住位・入位の四位を設け二色九階が制定された。のち、修行位が廃絶。貞観6年(864)にはその上に法印和尚(ほういんだいおしょう)位・法眼(ほうげん)和尚位・法橋(ほっきょう)上人位の三階が設けられ、それぞれ僧正僧都律師階位とされた。のちには仏師や経師、医師などにも授けられたが、明治6年(1873)に廃止。

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百科事典マイペディアの解説

僧位【そうい】

朝廷が官人になぞらえて学徳すぐれた僧に与えた位階。日本独得の制度で,760年最高位である大法師(ほっし)位のほかに,伝灯・修行の2色(しき)をおき,2色のそれぞれに法師位・満位・住位・入位の4階を設けた2色9階が定められたという。864年僧綱(そうごう)(僧正僧都(そうず)・律師)に対して,法橋(ほっきょう)上人位・法眼和尚(ほうげんかしょう)位・法印大和尚位の僧位3階を定め,従来の僧位の上に置いた。中世には仏師・連歌(れんが)師・絵師・儒者・医者などにも授けられた。1873年に廃止。
→関連項目僧官法眼法橋

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世界大百科事典 第2版の解説

そうい【僧位】

僧に与えられた位階。7世紀末から8世紀中ごろには師位,半位,複位の名称が見えるが,760年(天平宝字4)良弁(ろうべん)らは奏上して賢大法師位(けんだいほつしい)を最上としてその下に伝灯,修学,修行,誦持(じゆじ)の系列ごとの大法師位,法師位,満位(まんい)からなる〈四位十三階〉の制定をもとめた(各系列にはさらに住位,入位があった)。しかし全位にわたっては施行されず,8世紀末になると賢大法師位はなくなり,伝灯,修学,修行の3系列にそれぞれ大法師位,法師位,満位,住位,入位の5級に整備された。

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大辞林 第三版の解説

そうい【僧位】

朝廷が僧侶に授ける位階。760年大法師位を最高に伝灯位・修行位の二色を置き、これに法師位・満位・住位・入位の四階を配した二色九階が定められた。864年には僧綱そうごうの位階として法印大和尚位・法眼和尚位・法橋上人位の三階を定め、それぞれ僧綱の僧正・僧都・律師に相当させた。のちには、絵師・医師などにも僧位を与えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

僧位
そうい

僧の位階の意。日本特有の制度であって、僧の智徳(ちとく)や学識に応じて位が与えられた。760年(天平宝字4)大僧都(だいそうず)良弁(ろうべん)、小僧都慈訓(じくん)、律師(りっし)法進(ほうしん)らの奏請によって初めて四位十三階の僧位が定められた。光仁(こうにん)天皇(在位770~781)のとき、僧綱(そうごう)職を官位にあて、僧正(そうじょう)を従(じゅ)四位、僧都を正五位、律師を従五位に配した。さらに桓武(かんむ)天皇(在位781~806)のとき、無位(むい)、入位(にゅうい)、住位(じゅうい)、満位(まんい)、法師位(ほうしい)、大法師位(だいほうしい)の六位が定められ、官位の八位からしだいに三位までに配した。864年(貞観6)には、法橋上人(ほうきょうしょうにん)位、法眼和尚(ほうげんおしょう)位、法印(ほういん)大和尚位の三階が設けられ、法印大和尚位を僧正階に、法眼和尚位を僧都階に、法橋上人位を律師階に配した。江戸時代になると、僧位は天台・真言(しんごん)宗などに限られ、叙任(じょにん)奏請の規定もそれぞれに異なった。1873年(明治6)太政官布達(だじょうかんふたつ)により僧位の制は廃止され、その後は管長制度が設けられ、各宗派により僧正・僧都などの称号を設け、その高下によって僧の座の次第が定められるようになった。[望月良晃]

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