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そう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説


そう

サンスクリット語 saṃghaの音写である僧伽の略。漢訳和合衆,衆。比丘の集る教団の意。3~4人ないし5人の比丘が集って,ともに修行するもの。また出家修行者個人をも僧という。三宝の一つとして仏教信者の帰依すべきものとされている。

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デジタル大辞泉の解説

そう【僧】

《〈梵〉saṃghaの音写「僧伽(そうぎゃ)」の略》
㋐仏道を修行する人の集団。三宝の一。
㋑仏道を修行する人。比丘(びく)。出家。法師。僧侶(そうりょ)。
ある宗教に属し、修行や伝道をする人。「カトリック

そう【僧】[漢字項目]

常用漢字] [音]ソウ(呉)(漢)
仏門に入って修行する人。お坊さん。聖職者。「僧院僧職僧徒僧侶(そうりょ)悪僧高僧拙僧禅僧尼僧名僧老僧
[難読]売僧(まいす)

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百科事典マイペディアの解説

僧【そう】

サンスクリットのサンガの音写,僧伽(そうぎゃ)の略。衆または和合衆と訳す。仏教の三宝の一つで,比丘(びく)および比丘尼の集団をさし,4人以上で成立する。これを三世十方に拡大普遍化して四方僧伽といい,一地域を単位として現に成立しているものを現前僧伽という。
→関連項目沙弥ホッスガイ

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世界大百科事典 第2版の解説

そう【僧】

仏教の出家修行者に対する総称。とくに男性を僧とよぶのに対し,女性は(あま)とよび,あわせて僧尼ともいう。〈僧〉とはサンスクリットのサンガsaṃghaに対する音写語で,僧伽(そうぎや)とも書き,衆,和合衆と訳す。サンガは元来,集団,共同体の意味で,修行者の集り,教団を指すが,中国では転じて個々の修行者を僧とよぶにいたった(その複数形をあらわす僧侶もまた,日本では個人を指す語に転化した)。
[インド]
 教団の構成員は出家修行者たる比丘(びく),比丘尼(びくに)と在家信者たる優婆塞(うばそく),優婆夷(うばい)の4種で,合わせて四衆とよぶ。

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大辞林 第三版の解説

そう【僧】

samgha の音訳「僧伽そうぎや」の略。衆または和合衆・和合僧などと訳す。仏門にはいって仏道を修行する者の団体の意から〕 出家し、仏門にはいって修行する人。僧侶。出家。法師。沙門しやもん。比丘びく
ある宗教に入信してその修行をしている人。 「回教の-」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説


そう

サンスクリット語サンガSaghaの音訳僧伽(そうぎゃ)の略。衆と意訳し、団体を意味するが、とくに仏教の出家修行者の教団をさす。信者を含めた仏教徒を僧とはいわない。4人以上の修行者が集まったとき僧伽となるが、しかし日本では、1人の坊さんをも僧、僧侶(そうりょ)とよぶ。インドでは出家者を比丘(びく)とよぶ。比丘とは食を請う人の意で、比丘の団体が僧(比丘僧)である。女性の修行者を比丘尼(びくに)といい、その団体を比丘尼僧という。日本では、出家した女性を尼(あま)ともいう。僧伽の理想は平和を実践することであり、そのため和合僧とよばれる。僧は仏・法・僧の三宝の一つとして、帰依(きえ)尊崇の対象であり、さらに教法の実践者・伝持者であるから、僧がなくなれば仏教も消滅するわけである。[平川 彰]

原始仏教の僧

原始仏教時代には、僧は現前僧と四方僧とに区別されていた。各地区の比丘が集まって形成する僧が現前僧であり、現前僧は多数ある。それらの現前僧の全体、さらに未来の比丘までも含めた僧が四方僧で、常住僧ともいう。
 四方僧は理念としての教団であり、釈迦(しゃか)の制定した戒律(教団法)によって象徴される。さらに教団の財産も四方僧の所有となっている。寺の土地、建物、寝台などの備品、什器(じゅうき)、寺内の樹木などは四方僧物である。現前僧の比丘たちはこれを利用することはできるが、売り払うなどの処分は許されず、将来永久に伝えていくべき財産である。ゆえに常住僧物(什物)という。さらに四方僧物は、現前僧の比丘たちが公平に利用すべきであり、他地方から到来した比丘でも、自動的にその現前僧の成員になり、寺内の居室や寝具などの使用の資格をうる。十方(じっぽう)の比丘の使用に開放されているので、十方僧物ともいう。しかし仏塔のある土地は塔地であり、これは仏に寄進されたものとして、仏物となり、僧はこれを受用することはできない。仏塔に布施されたものは仏塔の守護者が受用する。
 理念としての四方僧は教団法であり、これは二つに分かれる。一つは戒律であり、比丘に約250条、比丘尼に約350条ほどある。これは釈迦の制定したものとして絶対の権威をもち、弟子たちの改変できないものである。第二は教団を運営する規則であり、これを羯磨(こんま)という。約100種の羯磨があり、現前僧はこの羯磨の規則によって集会し、議事を決定し、僧を運営する。これらの規則は、現前僧を支配するのであり、現前僧を超えたものである。
 現前僧は、一定の区域内の比丘で構成する僧伽である。区域の広さに決まりはないが、集会に便利な範囲で結界して決定する。その結界内に入った比丘は自動的にその現前僧の成員となる。現前僧は四方僧物を公平に受用して生活する。信者から現前僧に布施された食物や衣服は平等に分配し、僧地の華果(けか)樹から得た華(はな)や果実も現前僧物となる。比丘はこのほかに個人で、信者に食物や衣服を乞食(こつじき)してよい。このような生活基盤にたって修行生活をなす。比丘が亡くなった場合、亡比丘の財物のうち、住居や寝台などの重物があれば、四方僧物に入れ、三衣(さんえ)(下衣(げえ)、上衣(じょうえ)、外衣(げえ))は看病比丘に与え、残りの軽物は現前僧で分配する。
 僧に入団する希望者は、親族妻子などの世俗の縁を捨て、財産、名誉、階級を捨て、釈迦の弟子となり、入団試験を受けて比丘となる。この入団試験を具足戒(ぐそくかい)羯磨といい、受ける場所を戒壇という。僧には階級はなく、平等の世界であり、出家してからの年数(法臘(ほうろう))によって、長幼の秩序をたてる。入団のとき和尚(おしょう)(ウパッジャーヤ、親教師)を決める。和尚は新比丘を教育する師であり、和尚と弟子は生活をともにし、助け合い、父子のような関係を保つ。そのほか経典や戒律、坐禅(ざぜん)などを教える師を阿闍梨(あじゃり)(アーチャリャの音訳)という。20歳未満の者は比丘になることは許されず、入団を希望する者は十戒を受けて沙弥(しゃみ)となる。沙弥は比丘の指導を受け、比丘僧伽のなかで生活する。女性の場合は沙弥尼となる。沙弥尼と比丘尼の間には2年間の正学女(しょうがくにょ)の期間がある。以上を出家の五衆という。
 現前僧は、戒律の条文と教団運営規則(羯磨)とによって、自治的に運営される。これを支配する上の教団や教団の支配者はない。現前僧は事が起こると全員を招集し、羯磨作法によって問題を議し、全員の総意によって決定する。この会議の議長を羯磨師という。特別の場合には多数決(多人語)も採用するが、原則としては全会一致である。この議決には全員が服従しなければならない。定例の集会は、半月1回現前僧が集会して、比丘たちが戒律を守っていることを確認する布薩(ふさつ)の集会(布薩羯磨)と、毎年雨期に3か月一か所に定住して修行する雨安居(うあんご)がある。雨期には遊行(ゆぎょう)が不便であるため、遊行をやめ寺院に止住し、戒律や坐禅などを集中的に学ぶ。3か月を経ると安居の解散式を行い、各自遊行に出発する。この解散式を自恣(じし)羯磨という。僧の決定に服従しない比丘や戒律を破った比丘に罰を与える羯磨や、現前僧の役員選出羯磨、現前僧物の分配羯磨などは、布薩のとき付随して行われるが、僧伽に諍(あらそ)いが起これば、臨時に現前僧の集会がなされる。以上の原始教団時代の僧の戒律や羯磨は、現在でもスリランカ(セイロン)、ミャンマー(ビルマ)、タイなどの南方仏教で実行されており、中国では律宗が中心になって実行した。[平川 彰]

中国仏教の僧

中国に仏教が伝わったのは西暦1世紀であるが、完全な戒律が伝わったのは5世紀である。それ以後、『四分律(しぶんりつ)』によって、受戒、布薩、安居などの戒律が整備され、とくに道宣(どうせん)(596―667)によって南山律宗の教理が確立し、中国仏教十三宗の僧はすべて律宗の規則によって、出家生活を厳守し、さらに『梵網経(ぼんもうきょう)』によって大乗戒を受けて修行した。ただし僧の出家生活を維持するために、教団は国王の帰依(きえ)や経済的援助を受けたので、反面、僧団は国王の干渉を避けられなかった。初期の禅宗はこれを嫌い、山野に隠れて自給自足の修行生活をなし、中国人に適した修行規則をつくり、「清規(しんぎ)」とよんだ。これは中国人に適した仏教であったので、禅宗は中国でもっとも広く行われた。
 人民共和国になって、仏教は迫害を受け、僧は還俗(げんぞく)し、寺は工場や学校に転用されたが、紅衛兵事件の終息後は、仏教復興が計られ、名刹(めいさつ)寺院も復興し、僧の数も増大している。[平川 彰]

日本仏教の僧

奈良時代に鑑真(がんじん)が唐より来朝して、東大寺に戒壇をつくり、具足戒羯磨を行ってから、比丘ができ、僧が成立した。唐招提寺(とうしょうだいじ)の招提とは招提僧、すなわちサンスクリット語のチャツルディシャ・サンガの音訳であり、四方僧の意味である。鑑真は唐招提寺によって四方僧の制度を確立しようとして、律宗をおこした。しかし律宗はまもなく衰え、自治的な僧伽は日本には育たなかった。日本仏教は聖徳太子によって基礎を置かれ、国家仏教の性格が強く、国家の統制のもとに発展した。とくに最澄(さいちょう)は比叡山(ひえいざん)に延暦寺(えんりゃくじ)をおこし、ここに大乗戒壇を設け、国宝、国師、国用などの菩薩(ぼさつ)僧を養成しようとしたが、これは古来の二百五十戒によらず、『梵網経』の説く戒のみによって教団の秩序を保とうとするものであり、国家中心の教団観であった。その後、僧になるにも受戒は形式的になり、しかも鑑真来朝以前にも不完全な形で僧は存在したから、日本仏教の出家主義はきわめて不完全であり、戒律の衰えとともに、明治以後には僧の妻帯も公然となり、僧俗の区別がなくなった。
 なお、中国や日本では国家が仏教教団を行政組織に組み入れて支配するために種々の制度を設け、道僧格(中国)や僧尼令(日本)などの法律を制定し、さらに僧尼を取り締まるため僧官を任命した。また日本特有のものとして、僧位の制がある。それは僧の学問や徳行、年数などに応じて朝廷から位が与えられたものであるが、のちには僧官と僧位は混同して用いられた。[平川 彰]

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世界大百科事典内のの言及

【三宝】より

…仏,法,僧の三つをいう。仏とは悟りを開いた人,また法とは仏の説いた教え,僧とは仏の教えに従って悟りを目ざして修行する出家者の集団(サンスクリットで〈サンガ〉。…

【僧侶】より

…狭義では仏教のを意味するが,しばしばキリスト教における聖職者の意味でも用いられてきた。また,イスラムにおける宗教指導者(ウラマー)や神秘主義者(スーフィー)を〈イスラム僧〉などとよぶ場合もみられるが,イスラムにおいては,原理的に神と人間の間の媒介を行うことを職とする人間の存在や俗人と聖職者といった区別を認めていないので,これを僧(僧侶)とか聖職者とよぶことは適当ではない。…

【仏教美術】より

…仏教は本来釈迦を起点として展開するものだけに,それ自体有機的な発展をとげたものである。古来〈仏〉〈法〉〈僧〉の三宝(さんぼう)は仏教の基本大系であり,時・空間を超えた広がりをもつ仏教美術もまた,これを軸として考えると,統一的にとらえることができるだろう。 釈迦の求め得たものは〈法〉であり,法こそは仏教の中核をなすものである。…

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