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吉野ヶ里遺跡 よしのがりいせき

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

吉野ヶ里遺跡
よしのがりいせき

佐賀県東部,吉野ヶ里丘陵周辺に所在する弥生時代主体の環濠集落の大遺跡群。吉野ヶ里町神埼市にまたがる。 1986年以来,佐賀県教育委員会が発掘調査している。遺跡群には弥生初頭の貯蔵穴群や,弥生前期の集落も含まれるが,集落規模は弥生中期~後期にかけて拡大したと考えられる。丘陵西裾に総延長 1kmの大環濠が形成され,4ヵ所に陸橋と門跡を備える。この内部に丘陵頂部を囲んで内濠が掘られ,数ヵ所の張出部に土塁をめぐらす。付近より 100軒以上の竪穴住居,18棟の高床倉庫が検出され,多量の土器や鉄製農工具とともに青銅器・各種鋳型等が出土している。丘陵各所に墓地が形成され,約 3000基の甕棺墓のほか,多くの土壙 (→土壙墓 ) ,木棺墓,箱式石棺墓などが確認されている。環濠北端部に築かれた墳丘墓内より弥生中期前半~中頃の甕棺6基が検出され,有柄銅剣細形銅剣,ガラス製の管玉等が出土している。吉野ヶ里遺跡は当時の「クニ」の拠点集落であり,邪馬台国成立前の弥生社会の実態や変遷を知る貴重な資料である。また同遺跡では,奈良~平安時代の掘立柱建物 300棟,井戸 50基,大規模道路跡が見つかっており,駅路や官衙群と推定され,弥生集落に劣らず重要である。

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デジタル大辞泉の解説

よしのがり‐いせき〔‐ヰセキ〕【吉野ヶ里遺跡】

佐賀県東部、神埼市と吉野ヶ里町の境にある弥生時代の遺跡。前1世紀の甕棺(かめかん)墓と墳丘墓、後2、3世紀の環濠集落跡を出土。特別史跡

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百科事典マイペディアの解説

吉野ヶ里遺跡【よしのがりいせき】

佐賀県神埼郡神埼町(現・神崎市)と三田川町(現・吉野ヶ里町)の舌状台地にまたがる弥生時代の遺跡。弥生前期〜後期に及ぶ環濠集落。周囲には約2.5kmに達する外濠がめぐらされ,内濠や城柵にあたる土塁,楼観(物見櫓)と推定される掘立柱建物などが確認された。
→関連項目神埼[町]三田川[町]

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世界大百科事典 第2版の解説

よしのがりいせき【吉野ヶ里遺跡】

弥生時代の大規模な環濠集落跡。佐賀県神埼郡神埼町・三田川町・東脊振(ひがしせふり)村にまたがる。佐賀平野東部の吉野ヶ里丘陵裾部に,南北1km・東西600mの範囲にわたる環濠が設けられており,環濠内の面積は約40haで,日本最大の規模を有している。集落の形成・発展過程については,弥生時代前・中・後期の3時期にわたる変遷が明らかとなっている。まず前期に丘陵南部で,南北200m・東西160mの環濠を有する拠点的な集落が営まれ,これを発展の核として中期に巨大な環濠集落が形成される。

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大辞林 第三版の解説

よしのがりいせき【吉野ヶ里遺跡】

佐賀県神埼市神埼町・神埼郡吉野ヶ里町にある弥生時代の集落・墓地遺跡。大形建物・物見櫓を囲む環濠集落、大形の墳丘墓、銅剣・巴形銅器が発見され、邪馬台国時代の都と考えられる。

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日本の城がわかる事典の解説

よしのがりいせき【吉野ヶ里遺跡】

佐賀県神埼(かんざき)郡吉野ヶ里町と神埼市にまたがる吉野ヶ里丘陵に所在する遺跡。大規模な弥生時代の環濠集落跡で、1986年(昭和61)からの発掘調査によって発見された。望楼と見られる建物や二重の環濠を備えた集落は防御的な性格が強く、日本における城郭(じょうかく)の始まりともいえる。日本城郭協会選定による「日本100名城」の一つ。遺構や出土品から、中国の史書『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』に記された邪馬台国(やまたいこく)を彷彿させるとして、全国的な注目を集めた。1991年(平成3)、国の特別史跡に指定。現在、遺跡の保存と往時の施設の復元や展示を目的とする、吉野ヶ里歴史公園として整備・公開されている。JR長崎本線吉野ヶ里公園駅から徒歩約10分。JR長崎本線神埼駅から約7分。

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国指定史跡ガイドの解説

よしのがりいせき【吉野ヶ里遺跡】


佐賀県神埼(かんざき)郡吉野ヶ里町三田川ほかと神埼市神埼町ほかにある環濠集落跡。脊振(せふり)山地南麓の丘陵地帯にあり、1986年(昭和61)からの発掘調査によって発見された。約50haにわたり、約600年間続いた弥生時代のすべての時期の遺構・遺物が発見されており、「ムラ」から「クニ」へと発展する規模の拡大、社会文化の形成などの変遷過程を知るうえで、きわめて学術的価値が高い。1990年(平成2)に国の史跡に指定され、翌年には特別史跡になった。吉野ヶ里遺跡の最大の特徴は防御的な性格の強さであり、深く掘られた総延長約2.5kmの外濠の内側に2つの内濠をもち、敵を防ぐ木柵、土塁、逆茂木(さかもぎ)が施され、物見櫓(ものみやぐら)が環濠内に複数建てられている。内濠に囲まれて北内郭(きたないかく)・南内郭と呼ばれる集落跡があり、祭祀が行われた主祭殿、東祭殿、斎堂も見つかっている。また、食料を保管する高床式倉庫・貯蔵穴・土坑・青銅器製造の跡なども発掘されている。甕棺(かめかん)や石棺、土坑墓の共同墓地、首長などの墓とされ「北墳丘墓」「南墳丘墓」と命名された墳丘墓もある。出土品は土器や石器、青銅器、鉄器、木器、そして勾玉(まがたま)、管玉(くだたま)などのアクセサリー類、銅剣、銅鏡、織物、布製品などの装飾品や祭祀に用いられるものなど、実に多様である。こうした出土品・遺構には九州北部をはじめ日本各地のものと共通する特徴があり、交流のあったことが想像される。また、中国大陸や朝鮮半島、南西諸島と共通・類似したものも多く見られ、海を渡る交流もあったとされている。現在は、国営吉野ケ里公園として整備されている。発掘作業が進められている現場や、発掘が終わった場所を大屋根でおおって見学できる設備があり、出土品を展示する展示室、土器復元作業を見学できる弥生くらし館などもある。墳丘墓から出土した銅剣、管玉などは、美術品として重要文化財に指定されている。JR長崎本線吉野ヶ里公園駅から徒歩約15分。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

吉野ヶ里遺跡
よしのがりいせき

佐賀県神埼(かんざき)市と神埼郡吉野ヶ里町にまたがる弥生(やよい)時代の遺跡。工業団地用地となっていた丘陵を1986年(昭和61)から発掘調査した結果、学問上きわめて重要な所見が得られたので保存され、1991年(平成3)には国の特別史跡に指定された。現在、史跡公園として整備が進められている。1992年国営公園「吉野ヶ里歴史公園」として閣議決定、1995年着工、2001年に一部開園した。国営公園と一体となって、遺跡の環境保全、歴史公園の機能充実のために約63ヘクタールの県立公園も計画されており、総面積は約117ヘクタールとなる。2013年3月現在、国営公園約49.3ヘクタール、県立公園約35.4ヘクタールが開園している。
 吉野ヶ里遺跡が一躍脚光を浴びたのは1989年(平成1)のことであった。北から南へ延びた低い丘陵の稜線(りょうせん)部に南北150メートル、東西100メートルの範囲を囲む内濠(うちほり)を掘り、内部に数多くの竪穴(たてあな)住居を容れている。こうした内濠で囲まれた居住域は、すぐそばにもう1か所あるが、一方は古く一方は新しい。この内濠の一画に長方形の凸出部があり6本柱の建物が建っており、櫓(やぐら)〔楼観(ろうかん)〕かと説かれている。内濠の外には道の両脇に多数の甕棺(かめかん)が並び、一画をさいて倉が建ち並ぶなどにぎやかである。こうした古代の村を取り巻いて約1キロメートルにわたり深い外濠が巡らされている。内・外濠に沿って城柵(じょうさく)があったと推測して、『三国志』の「魏志倭人伝(ぎしわじんでん)」の倭国女王卑弥呼(ひみこ)の在所に関する表現「宮室・楼観・城柵、厳(おごそ)かに設け」の記述と一致する構造と目されている。内濠の外には大規模な墳丘墓が1基あり、細工のすばらしい銅剣やみごとな玉類を副葬した甕棺などが配置されているところから王墓かと推測されている。こうした遺跡の構造や遺物から、吉野ヶ里遺跡を倭国王の王都、つまり女王卑弥呼の宮都とする見解が流布している。多数の見学者をひきつける魅力はこうした性格づけにあるといえよう。
 しかし一方では、内濠内の住居址は一般集落同様の規模・形態の竪穴住居群であり、「見(まみえ)るものなし」という神秘的な状況にある女王卑弥呼の宮室としてはそぐわず、また6本柱の建物も楼観ではなく門と考えることも可能である。城柵も推測にすぎず、死者を葬る甕棺などが内濠近くにまで接近しているのは王都の聖性を侵犯するものではないかとする所説もある。その可否は別として、佐賀平野の拠点的な集落が全面発掘され、その全貌(ぜんぼう)がみごとに顕現した意義はまことに大きい。倭国論争の要(かなめ)となる重要な遺跡といえよう。[水野正好]
『大塚初重著『吉野ヶ里遺跡は語る』(1992・学生社) ▽佐賀県教育委員会編『吉野ヶ里遺跡と古代国家』(1995・吉川弘文館) ▽納富敏雄著『吉野ヶ里遺跡――保存と活用への道』(1997・吉川弘文館) ▽七田忠昭著『吉野ヶ里遺跡――復元された弥生大集落 日本の遺跡2』(2005・同成社)』

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