執行停止とは,行政処分の執行,刑の執行あるいは強制執行などの一時的停止をさすが,一般には,行政処分の執行の停止をさすことが多い。
(1)行政処分の執行停止 行政争訟手続(行政不服審査,行政訴訟)において裁判所または不服申立ての審査機関が行政処分の執行の停止を命ずることをいう。違法もしくは不当な行政処分の効力を争うために取消しを求めて争う方法が法律上定められている場合,取消争訟の提起のない限り,行政処分は原則として有効なものとされる。そこで,行政処分の効力を否定して争う者は取消争訟の提起を余儀なくされることになる。その際,取消争訟の提起自体に当該行政処分に対する執行停止の効力を認めるか否かは立法政策の問題であるが,日本の現行法は,不服申立てや取消訴訟の提起は,処分の効力,処分の執行または手続の続行を妨げないとしている(行政不服審査法34条1項,行政事件訴訟法25条1項)。これがいわゆる執行不停止原則といわれるものである。このような原則が採用されたことの論拠として争訟の提起によって行政の円滑な運営が妨げられないようにするという政策上の理由があげられている。しかし,執行不停止原則を貫くと,手続の続行または処分の執行によって既成事実が積み重ねられ,相手方に償うことのできない損害を与えるおそれがある。それを避けるためには,例外的に,行政処分の執行停止を認める必要がある。
行政事件訴訟法によれば,行政処分または裁決に対して取消訴訟または無効等確認の訴えが提起された場合において,処分,処分の執行または手続の続行により生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるときは,裁判所は,申立てにより,決定をもって,処分の効力,処分の執行または手続の続行の全部または一部の停止をすることができる(25条2項,29条,38条3項)。ただし,このような執行停止は,公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき,または本案について理由がないとみえるときは,することができない(25条3項)。実際の裁判において執行停止の申立てが認容される率は必ずしも高くないが,公務員の懲戒免職処分,地方議会議員の除名処分,出入国管理及び難民認定法に基づく退去強制処分のうち送還部分に関するもの,営業免許取消処分等について執行停止の申立てが認容された例がある。
執行停止の申立てがあった場合もしくは執行停止の決定がなされた場合,内閣総理大臣は,裁判所に対して異議を述べることができる(27条1項)。このときは,裁判所は,執行停止をすることができず,また,すでに執行停止の決定をしているときは,これを取り消さなければならない(27条4項)。このような内閣総理大臣の異議の制度については,司法権に対する行政権の介入を許すもので,違憲であるとする批判がなされたこともあるが,最高裁は合憲と判示している。ただし,行政事件訴訟法は,この制度の濫用を避けるため,内閣総理大臣は,やむをえない場合でなければ異議を述べてはならず,異議を述べるときには理由を付して裁判所に異議を述べ,また,次の常会において国会にこれを報告しなければならないとしている(27条2項,6項)。
執行停止については行政不服審査法も規定している。執行停止の要件は訴訟の場合とほぼ同様であるが,手続上若干の差異がある。
(2)刑の執行停止 刑の言渡しを受けた者が心神喪失の状態にあるときもしくは法律の定めるその他の事由のあるときに行われるもので,死刑については法務大臣の命により(刑事訴訟法479条),懲役,禁錮または拘留といった自由刑については検察官の指揮によって行われる(480条,481条,482条)。
執筆者:宮崎 良夫(3)強制執行の執行停止 法律上の事由に基づいて強制執行の開始または続行が妨げられることをいう。停止の中には,ある債務名義に基づく強制執行全体を停止する場合と,その一部を停止する場合,また,将来の続行の可能性を残さない終局的停止と,続行の可能性が残されている一時的停止とが区別される。終局的停止には,すでになされた執行処分の取消しをともなう。これらの停止のうち,いずれがなされるかは,停止の原因によって定まる。
停止は,原則として債務者が法定の文書(民事執行法39条)を執行機関に提出することに基づいてなされるが,文書の種類によって,終局的停止すなわち執行処分の取消しか,一時的停止かが分けられる。前者すなわち取消文書は,債務名義を取り消す裁判の正本など,39条1項の1号から6号までのものを含み,後者すなわち停止文書は,強制執行の一時停止を命じる裁判の正本(同7号),弁済猶予文書(同8号)を含む。上訴等に伴って7号の裁判がなされる場合については,民事訴訟法398条がこれを規定する。
執筆者:伊藤 真
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
行政庁の処分の効力、処分の執行または手続の続行を停止すること。現行法(行政事件訴訟法25条、行政不服審査法34条、国税通則法105条)は、行政争訟が提起された場合当然に処分の執行が停止されるとすれば、行政の円滑な運営が阻害され、濫訴の弊害があるとの観点から、不服申立てや訴えの提起があっても、行政庁は処分を自ら執行できるとする執行不停止原則を採用している。しかし、いったん処分がなされてしまえば、たとえば建物の除却命令の代執行のように既成事実が発生したり、営業免許の取消しや公務員の免職処分のように何年かのちになって勝訴しても、もはや原状に戻すことがほとんど不可能な場合がある。そこで、処分の執行などから生ずる回復の困難な損害を避けるため緊急の必要があるなどのときは例外的に執行停止を認めることにしている。
ただし、結局その裁判で勝訴する理由がないとみえるとき、または公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときは、原則に戻って執行停止をすることはできないとして、公共の福祉と相手方国民の権利・利益との調和を図っている。なお、行政訴訟における執行停止決定に対して、行政権はいわば問答無用で阻止する内閣総理大臣の異議(行政事件訴訟法27条)という特権を有している。
[阿部泰隆]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…この条件を処罰条件という(たとえば詐欺破産罪における破産宣告の確定――破産法374条)。 刑の執行停止は,死刑および自由刑について,次のような場合に認められる。死刑の言渡しを受けた者が心神喪失(強度の精神分裂病など)の状態にあるとき,または死刑の言渡しを受けた女子が懐胎しているときは,法務大臣の命令によって執行停止をする(刑事訴訟法479条。…
…無期と有期に分かれ,無期は終身(ただし仮釈放は可能),有期は1ヵ月以上15年以下,ただし減軽により1ヵ月以下に,加重により20年に至りうる(刑法10,12,14条)。 禁錮,拘留の場合と同様,懲役にも執行停止が認められる。すなわち,受刑者が心神喪失状態になった場合は必ず(刑事訴訟法480条),刑の執行によって著しく健康を害するおそれがあるとき,70歳以上であるとき,妊娠150日以上および出産後60日未満のとき,刑の執行によって回復不可能な不利益を生じるおそれがあるとき,祖父母または父母が70歳以上または重病ないし不具で,ほかに保護する親族がないとき,子または孫が幼年で,ほかに保護する親族がないとき,その他重大な事由があるときには,検察官の裁量によって執行停止される(482条)。…
※「執行停止」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
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