コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

妙満寺 みょうまんじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

妙満寺
みょうまんじ

京都府京都市左京区岩倉幡枝町にある日蓮宗の本山。山号は妙塔山。元中6=康応1(1389)年に日蓮の高弟日什開創した。その後幾度か兵火などにあい,今日の堂宇元治1(1864)年以後の再建。庭園と井戸が有名。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

みょうまん‐じ〔メウマン‐〕【妙満寺】

京都市左京区にある顕本法華宗総本山。山号は、妙塔山。開創は弘和3=永徳3年(1383)。開山日什。京都布教の中心寺院として発展。昭和43年(1968)現在地に移転。

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

妙満寺【みょうまんじ】

京都市左京区にある顕本法華宗総本山。1383年日什(にちじゅう)の創建。日什門流の拠点で,上総七里法華の日泰,不受不施を主張した日経らも当寺の僧。以後,火災でしばしば寺地を移し,1583年現地に移る。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

みょうまんじ【妙満寺】

京都市左京区岩倉にある顕本法華宗総本山。妙塔山と号する。宗祖日蓮の宗旨公武に奏聞するため下総から上洛した日什(にちじゆう)(顕本法華宗の開祖)が,天王寺屋通妙ら町衆信者の援助のもと,1389年(元中6∥康応1)室町六条坊門に開創。そののち〈諸宗は堕獄の根源,法華宗ばかり成仏なるべし〉を標榜して折伏(しやくぶく)の布教を伝統とした日什門流の拠点となり,京都二十一ヵ本山(近世には十六ヵ本山)の一つとして栄えた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

みょうまんじ【妙満寺】

京都市左京区岩倉幡枝町にある顕本法華宗の総本山。山号、妙塔山。1383年日什にちじゆうの開創。塔頭たつちゆうのうち、成就院の庭園は雪の庭といわれ、清水寺成就院の月の庭、北野成就院の花の庭とともに雪月花の三庭園として有名。

出典|三省堂大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

妙満寺
みょうまんじ

京都市左京区にある顕本法華(けんぽんほっけ)宗の総本山。妙塔(みょうとう)山と号する。本尊は釈迦(しゃか)多宝仏。1383年(永徳3)日什(にちじゅう)が富商天王寺屋通妙の外護(げご)を得て邸内に法華堂を草創した。日什は関白藤原良基(よしもと)らの好意もあって、洛中弘法(らくちゅうぐほう)の綸旨(りんじ)を受け、1389年(元中6・康応1)現在の寺号に改め寺勢を伸ばした。1532年(天文1)後奈良(ごなら)天皇の勅願所となるが、天文法華の乱(1536)で焼かれ、1583年(天正11)豊臣(とよとみ)秀吉により寺町二条に移転再建された。1595年(文禄4)方広寺大仏開眼(かいげん)供養への出仕を拒んだ不受不施(ふじゅふせ)派は弾圧を受け、同派祖日奥(にちおう)に私淑していた当寺の27世日経(にっきょう)も耳・鼻そぎの刑に処せられた。18世紀には92世日受が宗学を大成。1968年(昭和43)に現在地へ移転された。鎌倉時代の法華(ほけ)経要文和歌懐紙(国重要文化財)を所蔵している。紀州(和歌山県)道成(どうじょう)寺正平(しょうへい)14年(1359)銘の梵鐘(ぼんしょう)を有する。[田村晃祐]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

妙満寺の関連キーワード京都府京都市左京区岩倉幡枝町道成寺(和歌山県)本多 日生本多日生会席料理山本西武虚応円耳寂光寺雪月花日乗日能海涯日満

今日のキーワード

異常天候早期警戒情報

5日から 8日先を最初の日とする 7日間の平均気温がかなり高い,またはかなり低い確率が 30%以上と見込まれる場合に注意を呼びかけるため気象庁から発表される情報。低温や猛暑が長く続くと,人の活動や農作...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

妙満寺の関連情報