妙興寺(読み)みょうこうじ

  • みょうこうじ メウコウ‥
  • みょうこうじ〔メウコウ〕

百科事典マイペディアの解説

愛知県一宮(いちのみや)市にある臨済宗妙心寺派の寺。初め報恩寺と称した。1348年南浦紹明(なんぼしょうみょう)(大応国師)の法嗣滅宗宗興(めつじゅうそうこう)が荒尾宗顕(あらおむねあき)を檀越として創建にかかり,1365年完成,紹明勧請開山とした。足利将軍家の祈願寺,後光厳(ごこうごん)天皇勅願寺となるなど,尾張の中心的禅寺。創建当初の遺構勅使門,木造大応国師座像・紙本着色足利義教(よしのり)画像などは重要文化財

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デジタル大辞泉プラスの解説

愛知県一宮市にある寺院。臨済宗妙心寺派。山号は長島山。本尊は如意輪観世音菩薩、釈迦牟尼如来。勅使門は後光厳天皇の勅願による建立と伝わり、国の重要文化財に指定。

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世界大百科事典 第2版の解説

愛知県一宮市にある臨済宗妙心寺派の寺。山号は長島山。正式には妙興報恩禅寺。初めは報恩寺と称した。1348年(正平3∥貞和4)円通大応国師南浦紹明(なんぽしようみよう)の法嗣(はつす)滅宗宗興(めつしゆうそうこう)が,荒尾郷の領主荒尾宗顕を檀越(だんおつ)として創建にかかり,65年(正平20∥貞治4)完成し,南浦紹明を勧請開山とした。その前年足利義詮の御教書により,諸山位に列せられ,同時に十方住持制を採用することになったが,実質的には大応派が住持を占めた。

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大辞林 第三版の解説

愛知県一宮市にある臨済宗妙心寺派の寺。山号、長島山。1348年、南浦紹明の法嗣、滅宗宗興めつしゆうそうこうが紹明を開山として創建。尾張地方の禅宗の中心的役割を果たした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

愛知県一宮(いちのみや)市大和(やまと)町妙興寺にある臨済(りんざい)宗妙心寺派の寺。長島山と号し、正しくは妙興報恩禅寺という。1348年(正平3・貞和4)滅宗宗興(めつしゅうそうこう)の創建。後光厳(ごこうごん)天皇の勅願寺となって七堂伽藍(がらん)が完成。足利(あしかが)家歴代の帰依(きえ)を受け尾張(おわり)一国の中心的禅刹(ぜんさつ)となった。現在、妙心寺派専門道場となっている。多くの文化財があり、1366年(正平21・貞治5)建立の勅使門、絹本着色仏涅槃(ねはん)図、紙本着色足利義教(よしのり)像、絹本墨画白衣観音(びゃくえかんのん)図、絹本着色十六羅漢像、木造大応国師坐像(ざぞう)(開山堂)などは国重要文化財、鐘楼などが県文化財に指定されている。[菅沼 晃]

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精選版 日本国語大辞典の解説

愛知県一宮市大和町にある臨済宗妙心寺派の寺。山号は長嶋山。正式名は妙興報恩禅寺。貞和四年(一三四八)滅宗宗興が創建。開山は円通大応。後光厳天皇の勅願所。足利氏歴代の祈願所。足利義教画像・大応国師坐像はじめ古文書類を所蔵する。

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