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屯田[中国] とんでん[ちゅうごく]Tun-tian; T`un-t`ien

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

屯田[中国]
とんでん[ちゅうごく]
Tun-tian; T`un-t`ien

国家が一定の土地 (国有地) に集団的耕作者を入れて耕作させること,あるいはその田地。漢代に始り,中華人民共和国の時代になって廃止された。屯田には軍屯,民屯の別がある。明代にはそれらのほかに商屯があった。普通は耕作地が兵士,人民の各人に割当てられ,家族単位の耕作が行われた。屯田設置の目的は,軍糧充実あるいは国家収入の確保であるが,社会政策的な意味も含まれる。曹操が軍糧調達を目的として,建安1 (196) 年に設置した屯田は,中国屯田史上画期的なものといわれる。民屯と軍屯との2つから成り,人民をつのって荒地を民屯として耕作させ,田官をおいて屯田を管理させた。屯田民は典農部民あるいは屯田客と呼ばれ,官牛を用いる者は収穫の6割,私牛による者は5割を納めた。全国の民屯から毎年租糧が納められ,魏の国家財政はこれに依存していた。また軍屯は前線近くにおかれ,その屯田民は戦士でもあった。屯田は以後唐・宋代にも引継がれ,明代には全国的に設置され発展をとげた。明代に初めておかれた商屯は辺境駐屯軍向け物資の調達のために商人が経営したものである。しかし屯田の私田化の傾向が顕著になったり,屯田の売却,耕作拒否,逃亡,反乱などが起ったりして経営が困難となり,清代では明の軍屯の流れをくむ衛所屯田が残されるにすぎなくなった。

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