山中郷(読み)やまなかごう

百科事典マイペディアの解説

山中郷【やまなかごう】

三河国額田(ぬかた)郡内にあった中世郷。愛知県岡崎市から額田郡額田町(現・岡崎市)にかけての地に比定される。1377年時には室町幕府料所で南方北方に分かれ,南方は18名,北方は24名に編成されていた。公田は計35町8反余,宿地子などを含む年貢の合計は630貫873文。1380年には足利義満により東寺西院造営料所として寄進され,1391年には年貢200貫文分が幕府料所に復し,伊勢貞行に宛行(あておこな)われた。また古代以来の東海道沿いの要所で,1432年の将軍足利義教の駿河下向に随行した僧尭孝の《覧富士記》には〈山中の宿にて御ひるまのほどにぎはゝしさもかぎりなし〉と記される。1601年藤川(現岡崎市)が東海道の宿に指定されると,宿駅としての機能は失われた。なお郷内舞木(まいぎ)には,西郷氏さらには岡崎松平氏の拠った山中城跡がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

やまなかごう【山中郷】

三河国額田郡(現,愛知県岡崎市)にあった中世の郷。古代の額田郡駅家郷あるいは山綱(やまつな)駅があり,近世の本宿(もとじゆく),山綱,舞木など9村の範囲と推定される。1377年(天授3∥永和3)当時は室町将軍料所で,南方,北方合わせて40名(みよう),公田35町8反余,米,麦,糸,麻,宿地子等の年貢合計630貫863文。80年(天授6∥康暦2)足利義満が東寺の西院造営料所に寄進し,91年(元中8∥明徳2)将軍料所に復したが,この間奉公衆島田弥次郎が300貫文で年貢を請け負っていた。

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