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岡寺(読み)おかでら

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

岡寺
おかでら

奈良県明日香村にある真言宗の寺。天智2 (663) 年,義淵僧正の開基で,竜蓋寺ともいう。本尊は天平仏の『如意輪観音坐像』。平安時代末期の珍しい木造『仏涅槃像』,木心乾漆造の『義淵僧正坐像』 (国宝) を蔵する。

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百科事典マイペディアの解説

岡寺【おかでら】

奈良県高市郡明日香村にある真言宗豊山派の寺。東光山竜蓋寺が公称。663年僧正義淵が岡本宮を受けて開基したと伝える。本尊は丈六の如意輪観音(重要文化財)で,日本最大の塑像とされる。また岡本宮の腰瓦であったといわれる天人浮彫【せん】,木心乾漆の義淵僧正座像などが有名。
→関連項目明日香[村]画像【せん】

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デジタル大辞泉プラスの解説

岡寺

奈良県高市郡明日香村にある真言宗豊山派の寺院、東光山龍蓋寺(りゅうがいじ)の通称。663年、天智天皇から与えられた岡宮(岡本宮)を義淵が寺としたものと伝わる。本尊の如意輪観音坐像、仁王門書院(いずれも重文)など、多数の文化財を保有。西国三十三所第7番札所。

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世界大百科事典 第2版の解説

おかでら【岡寺】

奈良県高市郡明日香村にある真言宗豊山派の寺。もと竜蓋寺ともいい,義淵僧正が草壁皇子の岡宮(岡本宮)を天智天皇より授けられて寺としたと伝えられる。岡寺の名は,前身の宮の名あるいは丘陵地にあった立地によったものらしく,俗称といいうる。奈良時代には多くの仏典を所蔵していた。762年(天平宝字6)に寺封50戸が寄せられ,道鏡も丈六の塑像如意輪観音座像を造立し,現に西国三十三所の一つとして信仰を集めている。吉野郡にあった竜門寺と共に興福寺別当の兼帯の重要寺院とされてきたが,1283年(弘安6)ころに炎上,1472年(文明4)の大風で三重塔が倒壊し,興福寺一乗院により再建が企てられたが完成に至らなかった。

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大辞林 第三版の解説

おかでら【岡寺】

奈良県高市郡明日香村大字岡にある真言宗豊山派の寺、竜蓋寺の通称。山号は東光山。663年、義淵僧正の開基と伝える。現宗派となったのは江戸時代。義淵僧正像や日本で最大の塑像の如意輪観音像などを蔵す。西国三十三所第七番札所。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

岡寺
おかでら

奈良県高市(たかいち)郡明日香(あすか)村にある真言宗豊山(ぶざん)派に属する寺。東光山竜蓋寺(りゅうがいじ)と号する。663年(天智天皇2)岡本宮を改めて寺とし、天皇より義淵(ぎえん)僧正が賜った。通称岡寺の名で親しまれている。竜蓋寺の由来は、境内にある小池に義淵が悪竜を法力によって封じ、大石で蓋(ふた)をしたという故事によったもので、義淵開基の五竜寺の一つとされている。当時は法相(ほっそう)宗であったが、久しく荒廃が続き、江戸時代に再興されて現派に属した。本尊如意輪観音坐像(にょいりんかんのんざぞう)(国の重要文化財)は、西国三十三所観音霊場第7番札所として参詣(さんけい)者の信仰を集めている。[眞柴弘宗]

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世界大百科事典内の岡寺の言及

【義淵】より

…後に出家して法相(ほつそう)を学び,ついで岡宮を与えられ,寺に改めて竜蓋寺とした。これが岡寺である。また俗に,竜門・竜福など〈竜〉字のつく五箇竜寺を造ったという。…

※「岡寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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