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義淵 ギエン

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デジタル大辞泉の解説

ぎえん【義淵】

[?~728]奈良初期の法相(ほっそう)宗の僧。大和の人。元興寺(がんごうじ)の智鳳に唯識を学び、岡寺(竜蓋寺(りゅうがいじ))を開いた。門下に玄昉(げんぼう)行基(ぎょうき)らがいる。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

義淵 ぎえん

ぎいん

義淵 ぎいん

?-728 飛鳥(あすか)-奈良時代の僧。
大和(奈良県)の人。両親が観音菩薩(かんのんぼさつ)にいのってさずかった子で,天智(てんじ)天皇に養育されたという伝承がある。出家して元興(がんごう)寺の智鳳(ちほう)に法相(ほっそう),唯識(ゆいしき)をまなび,大宝(たいほう)3年僧正となる。吉野の竜門寺をはじめ竜蓋,竜福など五箇竜寺を創建,岡連(おかのむらじ)の氏姓をあたえられた。弟子に玄昉(げんぼう),行基,良弁,道鏡らがいる。神亀(じんき)5年10月20日死去。俗姓は市往(いちき),または阿刀(あと)。「ぎえん」ともよむ。

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世界大百科事典 第2版の解説

ぎえん【義淵】

?‐728(神亀5)
奈良時代初期の高僧。俗姓市往(いちき)氏,大和高市郡の人。義淵の出生については,次のような伝承がある。父母には子どもが無く,多年観音に祈請したところ,ある夜柴垣の上に白帳に包まれて泣く小児を得て,これを育てた。天智天皇はそのことを聞き,岡宮で草壁皇子とともに養育したという。後に出家して法相(ほつそう)を学び,ついで岡宮を与えられ,寺に改めて竜蓋寺とした。これが岡寺である。また俗に,竜門・竜福など〈竜〉字のつく五箇竜寺を造ったという。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

義淵
ぎえん
(?―728)

奈良時代、法相(ほっそう)宗の僧。大和(やまと)国(奈良県)高市(たかいち)郡の人。俗姓は百済(くだら)王の子孫市往(いちき)氏(または阿刀(あと)氏)。両親が観音菩薩(かんのんぼさつ)に子授けを祈ったところ、柴垣(しばがき)の上に置かれていたという。出家して法相宗の第三伝智鳳(ちほう)に教えを受け、703年(大宝3)僧正に任ぜられ、仏教界の最高責任者となった。とくに興福寺系法相宗の中心をなし、社会事業に活躍した行基(ぎょうき)、法相宗第四伝となった玄(げんぼう)、華厳(けごん)宗を開いた良弁(ろうべん)、このほか宣教(せんきょう)、隆尊(りゅうそん)など多くの弟子をもち、日本法相宗の実質上の開祖とさえ評価する学者もいる。竜蓋寺(りゅうがいじ)(岡寺)、竜聞(りゅうもん)寺、竜福寺、竜泉寺、竜象寺など五箇竜寺の開山で、元正(げんしょう)・聖武(しょうむ)天皇の代に宮中の内道場に仕え、その功により市往氏に岡連(おかのむらじ)の姓を賜った。[田村晃祐]

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