翻訳|frustration
本来は精神分析学の用語で、欲求不満、要求阻止などと訳され、欲求を阻止するような環境状況をさしたり、そのような状況に置かれた個人の内的状態や、その結果として表出される反応をさしたりする包括的なことばである。しかし一般には、欲求の満足がなんらかの障害によって達成できなかった八方ふさがりのやりきれない心境を、「フラストレーションに陥った」というように表現する場合が多い。フラストレーション状況を引き起こす妨害や障害は、かならずしも客観的に実在する事物や人とは限らない。主観的に妨害や障害と感じたり考えたりすることによっても引き起こされる場合がある。また、障害はいつも外部にあるわけではなく、能力の欠如のように本人の内部にあることもある。
[辻 正三]
(1)フラストレーション→攻撃仮説 攻撃行動の生起にはつねにフラストレーションの存在が前提とされており、またその逆にフラストレーションが存在すれば、つねになんらかの形式で攻撃が生じるとする説。攻撃は普通、妨害や障害になっている人や物に向けられるが、それが禁止されたり相手が強力であったりすれば、他の人や物に対する攻撃が代償行動として生じる。母親におやつをねだって断られた子供が、八つ当たりで罪のない弟や妹をいじめたりするのがその例である。
(2)フラストレーション→退行仮説 フラストレーションは、自我の構造を未分化、未発達な段階に後戻りさせ、未成熟な行動をおこさせるとする説。ひとりっ子としてかわいがられて育てられてきた子供が、弟妹の誕生によって親たちの関心がそのほうに奪われてしまい、以前のようにかまってもらえなくなると、指しゃぶりや夜尿を再発し、自分より幼い子供の行動に逆戻りする場合がこれにあたる。
(3)フラストレーション→異常固着仮説 フラストレーション状況での行動を動機づけを失った「目標のない行動」とみ、無意味な反応が異常に反復固執されるとする説。「知恵の輪」が解けず解決に役だたない操作を無意味に繰り返したり、劇場で火災が生じ、観客が狭い非常口に殺到してむやみに押し合いを繰り返していたりするのが、その例である。
[辻 正三]
攻撃、退行、異常固着のうちどれがおもなものかは、簡単には決められない。人によっても事態によっても異なる。また、同じくフラストレーションのおこりそうな状況に置かれても、人によって冷静に問題を解決する者もいるし、フラストレーションの程度にも個人差がある。アメリカの心理学者ローゼンツワイクは、これを「フラストレーション耐性」とよんでいる。彼は、フラストレーションに対する反応を、あくまで欲求の満足に固執する型、自我を傷つけないように防衛する型、妨害者の存在を強調する障害優位型の三基本型と、攻撃が外の環境に向けられる外罰型、攻撃を自分に向ける自責感の強い内罰型、攻撃をどこへも向けず問題をもっともらしく紛らしてしまう無罰型の三反応型とに分けている。
[辻 正三]
生活体がその欲求の満足を,何らかの妨害のために阻止されている状態をいい,欲求不満,あるいは欲求阻止と訳される。この場合,生活体は緊張状態に陥り,それを解消するために,後述するような不適応行動を生ぜしめやすいと考えられる。フラストレーションの概念は,S.フロイトが不満に終わる性的興奮をそのように呼んだことに始まり,行動のメカニズムを説明するための精神分析学上の仮説的概念となった。K.レウィンおよびその弟子たちは,実験的研究に基づいて,〈フラストレーション-攻撃〉〈フラストレーション-退行〉の仮説を提唱した。つまり,フラストレーション状態は,その生活体に攻撃や退行の行為を生ぜしめやすいと考えたのである。また,マイヤーN.Maierはネズミを用いた実験研究によって〈フラストレーション-固着〉仮説を展開している。彼は,フラストレーション状態が続くときは,不適切にもかかわらず,ある反応が異常に持続する現象を見いだし,それを異常固定反応と名づけた。さらにローゼンツワイクS.Rosenzweigはフラストレーション状態における反応様式を分類し,要求固執型,障害優位型,自我防衛型とし,攻撃の向かう方向を外罰,内罰,無罰に分類して,これらの組合せによって人格を記述する方法を考えた。彼はまた,フラストレーション状態にありながら,心理的不適応にならずに耐える能力が人間にあることを認め,それを〈フラストレーション耐性frustration tolerance〉と呼んだ。フラストレーションをすぐに不適応と結びつけ,その状態をなるべくつくらないほうがいいと考えるのではなく,フラストレーション耐性を作るような子どもの育て方をするほうが望ましいと現在では考えられている。そのためには適切なフラストレーション状態とその克服を経験することが必要である。
→適応[精神医学]
執筆者:河合 隼雄
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…例えば,イヌ,ネコなどの動物の視床下部のある個所に電気刺激を加えると,怒りを向けるべき対象が存在しなくとも怒りの行動を表す。したがって人間も生来攻撃性と称せられるある力を備えているとみるべきで,フラストレーション(欲求不満)によってはじめて攻撃性が醸成されるとみなす説は正しいとはいえない。攻撃ないし攻撃性と訳される英語アグレッションの原義が〈……に向かって進む〉という意味の通り,積極性,自己主張といった意味でのアグレッションが存在することは人間の発達上不可欠だが,それが養育者によって反復阻止される状況下において,アグレッションは,憎しみ,怒り,破壊性といった,より負の性質を強く帯びることになる。…
※「フラストレーション」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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