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文字の獄 もじのごく wen-zi yu; wên-tzü yü

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

文字の獄
もじのごく
wen-zi yu; wên-tzü yü

中国,特に清朝の康煕・雍正・乾隆年間 (1662~1795) に行われた思想統制を背景とする筆禍事件をいう。思想統制的な取締りや禁書,筆禍事件は広く中国歴代の諸王朝にみられた現象で,清代だけにかぎらない。

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デジタル大辞泉の解説

もんじ‐の‐ごく【文字の獄】

中国の諸王朝で起こった筆禍事件の総称。特に朝の康熙帝雍正帝乾隆帝時代のものが有名。満州出身の清朝は、その政治に反抗的な言辞を筆にした漢人を激しく弾圧、著者を極刑に処すとともにその著書を禁書とした。

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百科事典マイペディアの解説

文字の獄【もんじのごく】

中国の筆禍事件で,おもに清代のそれを指す。清朝は異民族出身であったため,攘夷思想を警戒し,康煕帝雍正帝乾隆帝の最盛期に最も激しかった。雍正帝時代の査嗣庭事件(郷試の出題中〈維民所止〉の句は維と止を使い雍正の頭をはねたとし,一族処刑),同じく呂留良事件(呂留良の死後,曾静の謀叛(むほん)が発覚,ために呂の著書は焼かれ,墓があばかれた)などは著名。

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世界大百科事典 第2版の解説

もんじのごく【文字の獄】

中国の筆禍事件,おもに清代のそれを指していう。異民族の王朝であった清朝は,漢民族に対する支配を確立するために,入関当初から強圧的な姿勢で臨んだ。とくに民族意識の強い知識人に対してはそうであって,このためしばしば筆禍事件が起こった。1663年(康熙2)の〈明史の獄〉は,浙江の荘廷鑨(そうていろう)が朱国禎の家から入手して刊行した《明史》のなかに清朝に対する誹謗があったことを理由に,荘廷鑨の死体を暴き,家族を死刑に,さらに出版に関与したものをも含め,70余名を死刑にするという厳罰に処したものである。

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大辞林 第三版の解説

もんじのごく【文字の獄】

中国、清代の筆禍事件の総称。康熙・雍正・乾隆年間に満州族の清朝を批判する著述を厳しく弾圧、言論・学問を統制したが、考証学興隆の一因ともなった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

文字の獄
もじのごく

中国の筆禍事件。秦(しん)の統一(前221)以来、歴代王朝にみられるが、とくに清(しん)朝の第4代康煕(こうき)帝(在位1661~1722)、第5代雍正(ようせい)帝(在位1722~35)、第6代乾隆(けんりゅう)帝(在位1735~95)時代の獄が有名。このため一般には、清代の事件をさす。清朝の盛時に集中していることは、異民族王朝である清が、民族的立場から中国の夷狄(いてき)思想に対する思想統制を、この時期に強く推進したことを示す。1661年に起きて63年に終結した荘廷(そうていろう)の明(みん)史稿事件、1711年に起きて13年に終結した戴名世(たいめいせい)の南山集案事件、1726年に起きた査嗣庭(さしてい)の試題案事件、1778年に起きた徐述(じょじゅつき)の一柱楼(いっちゅうろう)詩案事件など多くの例をみるが、発生件数は乾隆年間に著しい。関係史料を集めたものに『清代文字獄(もんじごくとう)』がある。[石橋崇雄]

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世界大百科事典内の文字の獄の言及

【禁書】より

…康熙(1662‐1722)の末年,南明政権の記述をした戴名世が斬死に処せられ,雍正期(1723‐35)には華夷の別を説く朱子学者呂留良のしかばねがさらされた。これら一連の文字の獄がめざすものは,反満思想の根絶であるが,この思想弾圧は乾隆期(1736‐95)に入るといっそう厳しさを加え,《四庫全書》編纂のため各地から蔵書を集めると同時に検閲を加え,禁止すべき書物を抽出した。その数は浙江省だけで538種,1万3862部にのぼる。…

【筆禍】より

…文字の獄。著書や新聞雑誌その他に発表した文章が,権力批判,風俗壊乱を理由に官憲の処罰の対象となり,体刑,罰金,発売禁止などの処分をうけること。…

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