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民会 ミンカイ

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デジタル大辞泉の解説

みん‐かい〔‐クワイ〕【民会】

古代ギリシャや古代ローマなどの都市国家における国家意思の最高議決機関。18歳以上の市民男子全員で構成された。大移動以前のゲルマン民族の間にもみられた。

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百科事典マイペディアの解説

民会【みんかい】

(1)古代ギリシアの市民総会。その原型はホメロスにみられるアゴラagora(〈集まる〉という動詞に由来)で,アテナイではエクレシアスパルタではアペラapellaデルフォイテッサリアではアゴラと呼ばれた。
→関連項目都市国家

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世界大百科事典 第2版の解説

みんかい【民会】

1878年の三新法によって地方議会が正式に開設される以前に,地方官の手で各地につくられた府県会・大小区会・町村会の総称。1872年(明治5)ころ愛知県,宇都宮県などで事務打合せのため区戸長会を開設したのがはじまりで,73年には千葉県,兵庫県で公選を加味した民会が開設された。兵庫県令神田孝平の制定した啓蒙的民会規則は《日新真事誌》に全文掲載され全国に影響を与えた。官僚的統治に反対した豪農層の政治参加要求がうまれるにつれて,民心慰撫と上意下達機能の補てんのために地方官が独自に民会を開設する動きがひろまっていった。

みんかい【民会】


【ギリシア】
 古代ギリシアの市民総会である民会は,時代によりポリスにより,その呼称は異なっていた。その原型はホメロスにみられるアゴラagoraで,部族連合王国の成員たる自由人総会も,全ギリシア連合軍の戦士総会もこの名で呼ばれている。アゴラは〈集まる〉という意味の動詞に由来する語で,民会の行われる場所もこの名で呼ばれた。ポリス成立後の市民総会はホメロスのアゴラの性格を継承し,アテナイではエクレシアekklēsia,スパルタではアペラapella,その他のドリス人ポリスではハリアhaliaまたはハリアイアhaliaia,デルフォイやテッサリアではアゴラと呼ばれた。

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大辞林 第三版の解説

みんかい【民会】

古代ギリシャの諸ポリスにおいて国家の意思決定を行なった市民総会。市民権をもつ成年男子全員に参加権があった。
古代ローマ共和制期の市民総会。兵員会と平民会があった。
地方民会のこと。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

民会
みんかい

市民など共同体の構成員が参加する総会。ここでは古典古代社会とヨーロッパ古ゲルマン社会のものについて述べる。[馬場恵二]

古代

古代ギリシアでは、民会の原型とみなすべき「民の集会(アゴラagora)」はホメロスの英雄叙事詩にすでにみられるが、国王は集会の招集の事実をもって民衆の歓心を買うと同時に民意の動向を確かめる場としていた。紀元前700年ごろのヘシオドスの詩には民会への言及はまったくみられないが、貴族政国家成立の当初から、政権担当者である貴族身分の枠組みを超えた形で民会が国政上の位置を占めていて、同時に軍会の性格をもっていたなどの点は疑えない。民会の名称はアテネではエクレシアekklesia(招集された会)またはデーモスdemos(市民総会)といったが、ドーリス系諸国ではアペラapella、ハリアhaliaまたはハリアイアhaliaiaといった。スパルタの民会が国家主権の最高機関となったのはリクルゴスの立法によるが、その民会には動議提出権はなく、2名の王をメンバーに含む長老会が提出した議案に対して賛否の意思表示を行い、否決された議案は廃案、もしくは長老会で再審議のうえ修正案が再提出されたのであろう。アテネでは、前6世紀初めのソロンの改革によって、最下層の市民を含む全市民の民会出席の原則が打ち出されて、立法・国政機関としての民会の重要性が著しく増大したが、高官やアレイオス・パゴス会議の権限ならびに名門貴族諸家の政治的影響力が依然として強く、民会はかならずしも自立していなかった。同世紀末のクレイステネスの改革で創設された五百人評議会は、民会に提出する議案を予備審議するとともに、当番部族の評議員のなかから議長が選出されて民会運営にあたった。前462年にエフィアルテスの改革が断行されて、貴族政以来のアレイオス・パゴス会議と高官たちの権限が大幅に縮小され、民会と民衆裁判所の権限が強化された。ここに民会は名実ともに国家最高の議決機関となって、アテネのいわゆる徹底民主政が実現した。前4世紀の制度では、アテネの定例民会は年に40回開催され、通常の主要議題が所定の順番で審議されたが、このほか緊急事態に応じて臨時の民会が招集された。重要な決定には6000名の定足数を必要とし、多数決で採決された。前5世紀の末から民会出席手当の支給も行われた。
 なお、古代ローマの民会は、コミティアcomitia(ラテン語)とよばれ、クーリア民会、ケントゥリア民会、トリブス民会の3種類および平民会があったが、これらについては、「コミティア」「クーリア」「ケントゥリア」「トリブス」および「平民会」の各項を参照されたい。[馬場恵二]

古ゲルマン社会

民会はディングDing(ドイツ語)とよばれ、古ゲルマン人の政治的意思決定を行うための政治機構=集会であった。民族大移動以前の古ゲルマン人の社会は、いわば国家に相当するキーウィタースとよばれるきわめて多数の小政治単位に分かれていた。キーウィタースは共同体的性格を強く残していたが、共同体の全構成員すなわち成人した自由人の全員が集まって民会を開き、政治的意思決定を行った。民会は政治的機能と同時に司法的機能をも果たし、前者のおもなものは、開戦や講和の決定、定住地の移動、王位の相続の承認(王制キーウィタースの場合)、長老の選出(長老制キーウィタースの場合)、法(慣習法)の修正や変更などで、後者は共同体内部の紛争や刑事事件の処理であった。その点で民会は裁判集会でもあった。緊急の場合を除けば、民会は定期的に(おそらく、年1回ないし数回、新月か満月の日を選んで)行われ、全員が武装して出席した。成人式も民会の席上で行われた。決定は全員一致という形をとり、盾と槍(やり)とを打ち合わせるのが賛成の意思表示であった。
 民族大移動期に大部族が形成され、政治単位が大きくなると、全員が集合する形での民会は行われにくくなり、その政治的重要性も失われる。フランク王国では、年一度招集される3月軍会ないし5月軍会がゲルマンの民会の名残(なごり)をとどめていたが、政治的意思決定の重心は聖俗の有力者を招集する王国会議に移り、他方、裁判集会としての機能は、伯(グラーフ)が管轄区域内を巡回しながら、地域ごとの住民を集めて開催する定期裁判集会(年3回)に受け継がれた。[平城照介]

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世界大百科事典内の民会の言及

【アテネ】より

…ペロポネソス戦争直前における成年男子市民の人口3万~4万,その過半は城壁外に住んでいたと推定される。国政はすべて成年男子市民全員を成員とする民会の決定により,裁判も30歳以上の男子市民6000人から成る審判人が,そのときどきに一定規模の個別法廷を構成して行った。市民たちはまた各種の役職に交代で就任し,行政の任を分担したが,その際,1年任期制・同僚制・抽選制によって特定人物への権限の集中が周到に避けられている。…

【エクイテス】より

…共和政期の制度では特定額以上の財産を持つ市民(おもに貴族)を騎兵,他の市民を歩兵に登録して軍団を編成した。騎兵は歩兵の上位を占め,民会では優先投票権を得た。前4~前3世紀になると,軍団騎兵の戦力は低下し,平民の騎兵で増強しても実効は得られなかったため,実戦には同盟者の騎兵をあて,制度上の特権と地位を保った。…

【ケントゥリア】より

…古代ローマで200ユゲラ(約50ha)の土地,また軍団や民会の基本単位をいう。ケントゥムcentum(100)に由来し,前者はヘレディウム(2ユゲラの世襲地)の100倍,後者は百人隊が原義。…

【コンスル】より

…前509年の共和政成立以降,毎年2名が選ばれたという。ケントゥリア民会の選挙後,コンスルはクリア民会でインペリウムを受け,先導リクトルの斧と棒に生殺与奪の大権を示しつつ民政,軍事,祭祀,民会・元老院の開催等,国政全般を主導した。下位公職者への干渉権,市民懲戒の強権も帯びながら在任中は弾劾を免れ,元老院,護民官の掣肘と1年任期,同僚制の厳守が専制を防いだ。…

【裁判】より

…この場合にも,判断の内容を他の類似の事件にも当てはまる一般的な原理によって理解することができないが,それだけでなく,判断の規準が裁判を受ける側にもあらかじめ知られるように客観的に明らかにされているということがないため,当事者は正しい判断を求めるためのよりどころとして用いうるものがなく,裁判官の賢察,慈悲,恩情にまったく依存することになる。ソクラテスを裁いた古代アテナイの民会の裁判はこの種の裁判の一例であり,また〈大岡裁き〉もこの型に属する。 それに対して,厳格に定義されたことばによって正確に表現された一連の一般的規範を判断規準とすることが要請されており,それらの規範を,(それらの規範および事案の)一般に了解されている意味に即して事案に適用することによって法的判断を形成するべきものとされている場合には,法的判断は,事案が法規範という枠に適合しているか否かの形式的判断によって形成されることになり,同時にその枠およびその適用が意味的に事件の内容に即したものとなるため,形式的で合理的な裁判と呼ばれる。…

【スパルタ】より


[国制と生活様式,文化]
 スパルタの国制や市民の生活規範は,リュクルゴスが定めたとされている。彼とその制度については,まだ定説はないが,大レトラをみると,ポリス成立期には2王制,長老会,最終決定権を有する民会という国家機関が存在した。世襲王制,しかも2王制が存続していたというのは,ポリス世界ではきわめて異例なことであった。…

【フランク王国】より


[王権の性格]
 1~2世紀のローマの史家タキトゥスは古ゲルマン人の社会状態について《ゲルマニア》で詳述しているが,これによれば,その時代のゲルマン人はキウィタスと呼ばれる多数の小政治単位に分かれていた。タキトゥスは世襲的王(レクス)を頂くキウィタスと,全人民の構成する民会で選ばれる首長(プリンケプス)に統治されるものと,二つの政治形態を区別しているが,世襲王制は首長制に比べ,王の有する権力の強さによって特徴づけられるのではなく,王の家門が神に由来するという,王権の宗教的性格によって特徴づけられ,最近の研究はこれを神聖王権という概念で把握する。旧説によれば,フランク王権をはじめ中世初期の部族国家の王権は,キウィタス相互間の征服・統合の過程で,その世襲王権=神聖王権が部族全体の上に拡大されたものとみなされたのであるが,新説では神聖王権からの連続性の面より,新しい要素の加わった点を強調し,この新しい要素を軍隊王権という概念で説明する。…

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