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河尻 かわじり

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百科事典マイペディアの解説

河尻【かわじり】

平安〜鎌倉時代,京都から淀川を下り,西国に向かう途中,必ず船をつないだといわれる泊(とまり)。河尻の地名やその様子は当時の日記・紀行文・物語・和歌など多くの史料にみることができる。
→関連項目難波津

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世界大百科事典 第2版の解説

かわじり【河尻】

平安時代に栄えた大阪湾沿岸の港。行基(ぎようき)が開いたと伝える五泊の一つで,摂津国河辺郡の神崎川河口にあった。平安京から海路で西へ下る官人や,西国からの租税年貢等の運送船は,主として河尻を発着点とし,その一帯に神崎,長洲,大物,杭瀬,尼崎などの港町が発展した。鎌倉初期,東大寺重源(ちようげん)によって港湾修築が企てられたが,地形の変遷とともに機能が低下し,やがて兵庫や堺にその地位を奪われていった。

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世界大百科事典内の河尻の言及

【尼崎[市]】より

…尼崎城は明治維新の際に取りこわされ,付近は官庁・学校区となっている。【小森 星児】
[歴史]
 摂津国尼崎の地名がみえるのは中世からで,それ以前は三国川(神崎川)の河口付近は河尻と呼ばれ,平安時代以来,瀬戸内海航路の起点として発展し,神崎,杭瀬,大物(だいもつ)などの諸港が開けた。神崎の遊女は《遊女記》にえがかれて有名。…

【瀬戸内海】より

…律令制下,北九州の大宰府と京とを結ぶ陸路の山陽道が全国唯一の大路(駅ごとに20匹の駅馬を置く)とされたが,難波津から海路での遣唐使・遣新羅使の派遣なども行われた。播磨以東には河尻,大輪田,魚住,韓(から),檉生(むろう)の五泊とよばれる1日行程の停泊地が設けられた。9世紀になると,山陽道諸国の新任国司まで海路での赴任が定められ,また官米などの物資の輸送にも海路のほうが安価なため,海上交通の重要度が増した。…

※「河尻」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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