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照葉狂言 てりはきょうげん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

照葉狂言
てりはきょうげん

「てるは狂言」ともいう。語源は明らかでないが『守貞漫稿』に「てりは,てには俄狂言の訛略と云り」とある。「今様能狂言」「吾妻能狂言」「泉祐 (仙助) 能」の系統で,本行の能,狂言に歌舞伎,浄瑠璃,舞踊,軽業などの入れ事をし,囃子に三味線を加え,遠見の書割りを使用して (にわか) 風に仕立てたもの。嘉永年間 (1848~54) 大坂に興り,安政年間 (54~60) には山本春三郎一座が江戸に下って明治初年まで活躍した。このほか林寿三郎の一座では女性が能,狂言を演じ,拍子方,ときに狂言方も男性が担当して人気を得た。いずれも明治のなかばに滅んだ。

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デジタル大辞泉の解説

てりは‐きょうげん〔‐キヤウゲン〕【照葉狂言】

《「てには俄狂言」の音変化とも、照葉という女性が創始したからともいう》江戸末期から明治中期まで行われた寄席演芸。狂言歌舞伎俄(にわか)を交え、手踊り俗謡などを取り入れたもの。女役者だけで演じることが多く、衣装は素襖(すおう)裃(かみしも)を用い、囃子(はやし)には三味線を加えた。てるは狂言。
[補説]書名別項。→照葉狂言

てりはきょうげん【照葉狂言】[書名]

泉鏡花の小説。明治29年(1896)発表。孤児の美少年貢(みつぎ)が姉と慕うお雪や照葉狂言師匠小親(こちか)に寄せる清純な愛を叙情的に描く。

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世界大百科事典 第2版の解説

てりはきょうげん【照葉狂言】

江戸末期から明治中期まで行われた民間演芸の一つ。能狂言に歌舞伎,俄(にわか),音曲などを交えたもの。囃子は能の楽器のほかに三味線を加えた。今様能,吾妻能狂言,泉祐(仙助)能(せんすけのう)などと呼ぶのも同系統。名称の由来はわかっていない。嘉永(1848‐54)のころ大坂で始まり,安政(1854‐60)のころから江戸に及び,寄席の芸となった。1894年2月東京の歌舞伎座で,泉祐三郎・さくの夫婦が,3日間にわたり今様能の慈善興行を催した。

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大辞林 第三版の解説

てりはきょうげん【照葉狂言】

〔「てには俄にわか狂言」の転とも、創始者の女性の名からともいう〕 能・狂言に俄にわか・歌舞伎などの手法を加えた芸能。囃子はやしには三味線が加わり、俗謡・手踊りなどもまじえて演じられた。江戸末期に起こり、明治後期まで続いた。てるはきょうげん。 → 今様能いまようのう
書名(別項参照)。

てりはきょうげん【照葉狂言】

小説。泉鏡花作。1896年(明治29)「読売新聞」に発表。姉のように慕う広岡雪の家庭的不幸を救いえなかった孤児貢みつぎは、その悔悟から照葉狂言一座の女若師匠小親こちかとの幸福な生活を捨てて殉ずる。

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