生体膜マイクロドメイン(読み)せいたいまくまいくろどめいん(英語表記)menbrane microdomain

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

生体膜マイクロドメイン
せいたいまくまいくろどめいん
menbrane microdomain

タンパク質などの生体高分子の機能や構造上、一つのまとまりをもつ特定の領域、部位のことをいう。

 細胞膜をはじめとして、細胞内オルガネラ(細胞小器官)膜を含む生体膜には、スフィンゴ脂質(スフィンゴミエリンならびにスフィンゴ糖脂質)およびコレステロールを主要構成成分としたナノメートルスケールのダイナミックな微小領域、マイクロドメインが存在し、一般にラフト(筏(いかだ))とよばれている。ラフトのなかでカベオリンというタンパク質が存在する領域をカベオラとよぶ。

 生体膜の大部分はグリセロリン脂質(グリセロールを骨格としてもつリン脂質の総称)で占められており、その領域は通常、流動性の高い液晶相(無秩序液相liquid-disorderd phase)の状態にある。液晶相ではグリセロリン脂質の不飽和脂肪酸鎖は無秩序に折れ曲がった構造をとっており、膜の流動性は高く、脂質やタンパク質は活発に回転運動や側方運動を行うことができる。一方、コレステロールやスフィンゴ脂質が存在するラフトでの脂質層は秩序液相liquid-ordered phaseの状態にある。コレステロールの疎水性ステロイド環は脂質の脂肪酸鎖の間に挿入され、その結果、脂肪酸鎖は直線状に伸びた状態で存在することとなる。すなわち、コレステロールは脂肪酸鎖の秩序を増加させ、膜流動性を低める役割をしている。さらに、スフィンゴ脂質の構成脂肪酸鎖は主として長鎖の飽和脂肪酸からなっていることや、またスフィンゴ糖脂質の糖鎖頭部間の水素結合によってスフィンゴ糖脂質どうしの側方結合がおこることなども、秩序液相を構成する一要因である。

 コレステロールとスフィンゴ脂質が、ラフトに共存するもう一つの理由として、コレステロールのヒドロキシ基とスフィンゴ脂質のセラミド(スフィンゴ脂質の共通構造単位)骨格に存在する酸アミド基との間でおこる水素結合があげられる。以上、グリセロリン脂質からなる流動性の高い液晶状態の膜の中に秩序液相のラフト、すなわち筏が浮いている構図を思い浮かべることができる。

[小泉惠子]

ラフトとカベオラの機能

カベオラもラフトと同様にスフィンゴ脂質とコレステロールを主要構成脂質としているが、コレステロールと直接的に結合する性質をもつカベオリンというタンパク質のオリゴマー(重合体)が存在することにより構造が安定化し、丸フラスコ型の形状を示す。ただし、コレステロール含量、カベオリン-1α(アルファ)/β(ベータ)の量的比率、カベオリン-1のチロシンのリン酸化などがカベオラの形状に影響し、丸フラスコ型をとらず、ごく浅いくぼみやまったく平らなままである場合もみられる。

 秩序液相に存在する脂質は、非イオン性界面活性化剤Triton X-100を用いた抽出に対して抵抗性を示すことが知られている。秩序液相状態にあるラフト、カベオラも低温でのTriton X-100処理では溶解されにくく、また、他の膜領域と比較してその比重は軽いという性質をもつ。細胞を4℃の1%Triton X-100中でホモジネートし、ショ糖で密度勾配(こうばい)をつくった溶液といっしょに超高速遠心を行うと、低密度の不溶性膜画分(detergent-resistant membrane、DRM)が得られる。DRMにはスフィンゴ脂質やコレステロールが濃縮されており、一般にDRMはラフトの同義語として使われている。

 ラフト、カベオラには、さまざまなレセプター(受容体)や情報伝達分子などの機能タンパク質が局在しており、情報伝達や細胞内輸送における場を形成している。GPI(グリコシルフォスファチジルイノシトール)アンカー型タンパク質は、そのGPIを構成する2本の脂肪酸が両方とも飽和型であることが多いため秩序液相に対して親和性が高く、ラフトに選択的に挿入されて比較的安定な会合を形成する。

 ラフトに存在する情報伝達分子のなかでGタンパク質、src遺伝子によりコードされているチロシンキナーゼ、NO(酸化窒素)シンターゼなどはミリスチン酸(炭素数が14個の飽和脂肪酸)化とパルミチン酸(炭素数が16個の飽和脂肪酸)化という2種類の飽和脂肪酸修飾を受けており、この部分が優先的にラフトに挿入される(キナーゼはリン酸化酵素のこと)。カベオリン-1は、そのカベオリン骨格ドメインcaveolin scaffolding domainとよばれる配列を介して、さまざまな情報伝達分子と結合し、主に抑制的な作用を及ぼす。この抑制作用は、とくにRas、MEK、ERK系の分子について明らかにされており、カベオリン-1の発現量を低下させるとRas、MEK、ERK系を介しての細胞増殖が活性化される。このことと関連して、カベオリン-1は癌(がん)化を抑制する機能をもつと考えられている。多くの癌細胞でカベオリン-1の発現量が低いこと、発現量を増加させると癌細胞の形質の一部が正常化すること、カベオリン-1の遺伝子が多くのヒト癌で欠失する第7染色体の脆弱(ぜいじゃく)部位にあることが知られている。

[小泉惠子]

神経疾患への関与

さまざまな神経疾患にもラフトが関与している。アルツハイマー病において神経細胞の表面に沈着するアミロイドβタンパク質の結合標的はスフィンゴ糖脂質であり、ラフト画分に回収される。クロイツフェルト・ヤコブ病などのプリオン病を引き起こすプリオンタンパク質はGPIアンカータンパク質であり、ラフト画分において異常感染型プリオンタンパク質の蓄積がおこる。破傷風菌が産生する破傷風毒素は筋肉の痙攣(けいれん)などの神経症状を引き起こす、重鎖と軽鎖のサブユニットからなるタンパク質である。破傷風毒素の重鎖が、まず細胞表面のラフトに結合し、コレステロールに依存して細胞内に取り込まれる。そして、プロテアーゼ活性をもつ軽鎖が、シナプス小胞膜タンパク質の一種であるシナプトプレビンを分解することで神経伝達物質の放出を阻害する。

[小泉惠子]

『森道夫編『病気と細胞小器官――細胞から病気のしくみを理解する』(2002・文光堂)』『五十嵐靖之他編『マイクロドメイン形成と細胞のシグナリング――スフィンゴ脂質の新しい生物機能』(2003・共立出版)』『佐々木雄彦他編『分子から個体へと深化する脂質生物学』(2010・羊土社)』

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