按察使(読み)あぜち

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

按察使
あぜち

(1) 令外官の一つで地方行政の監督養老3 (719) 年,初めて諸国におかれ,1人で2~3ヵ国を担当し,管内国司の行政を監督し,民情を巡した。具体的には国司の不正摘発や,優良国司の中央への報告など,律令制下の地方政治取締りにあたった。諸国の按察使廃止後も陸奥出羽按察使だけは明治維新まで続いたが,遙任の風が行われ,中央における名族高官の者が兼任するようになって有名無実となった。

(2) 明治2 (1869) 年,維新政府の官制改革に際し,地方行政監督官として設置されたが,翌年9月に廃止された。

按察使
あんさつし
an-cha-shi; an-ch`a-shih

中国の官名。げっ司とも呼ばれる。唐代に初めて各道に地方巡察の官としておかれ,十道察使といったが,のちこれを観察使と改めて節度使が兼任し,強大な権力をふるった。宋代では各路の転運使がこれを兼官したが,遼代に按察諸道刑獄使として地方の司法監察の専官となり,金代には提刑使のち按察使,元代では提刑按察使のち肅政廉訪使として受継がれた。明代で布政使都指揮使と並び,各省の行政,軍事,司法のそれぞれを分担する一地方長官であったが,総督,巡撫がおかれるとその下位に立ち,清代に及んだ。

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百科事典マイペディアの解説

按察使【あぜち】

古代,地方官の行政を監督する官。711年唐では10道に按察使を置いた。719年日本でも主要国の国司11人が按察使を兼任し,隣接の2〜4国を管理させて広域行政をめざした。しかし所期の効果はなく,8世紀末には陸奥(むつ),出羽(でわ)のほかは任ぜず,後には中央高官の兼摂する空名となった。
→関連項目伊治城伊治呰麻呂蝦夷地大野東人神野真国荘

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世界大百科事典 第2版の解説

あぜち【按察使】

日本古代の地方行政監察機関。719年(養老3)に設置された。伊勢,遠江,常陸,美濃,武蔵,越前,丹波,出雲,播磨,伊予,備後の各国守が按察使を兼任し,属官として典(のちに記事と改称)を配して,それぞれの国の近隣数ヵ国を管轄下に置き,国内を巡行して監察を行った。その後まもなく陸奥にも置かれ,畿内・西海道を除く全国に設置されたが,のちに一部管轄の変更が行われたこともあった。721年(養老5)には按察使の官位を正五位上相当と定めたが,大国の国守が従五位上相当であることと比べて,かなり高く位置づけられている。

あんさつし【按察使 Àn chá shì】

中国,唐から清までの上級地方官名。唐は全国を10道に分けたが,最初は特定の官を置かず,巡察使,存撫使などの名で,地方の水旱,刑獄,勤務状況などを査察させた。711年(景雲2)それが10道按察使として固定し,改廃もあったが,玄宗時代まで継承され,秋冬に受持州県を巡察した。これが日本にも導入され按察使(あぜち)となる。755年(天宝14)の安史の乱以後は各地の節度使が按察の任も兼ね,次の宋代になると,路の長官監司が按察の任務を分担した。

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大辞林 第三版の解説

あんさつし【按察使】

あぜち(按察使)」に同じ。
1869年(明治2)、府・藩・県の政情を調査するために東北・越後に設置された職。翌年廃止。

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精選版 日本国語大辞典の解説

あぜち【按察使】

〘名〙
① 奈良時代、養老三年(七一九)創設された地方行政監督機関。令外(りょうげ)の官。畿内・西海道を除く諸国を隣接する二~四か国でまとめ、そのうちの一国の守をこれに任命した。重要視された官であったが、やがて陸奥・出羽両国以外には置かれなくなり、平安時代になって全く形骸化し、中納言以上の兼官として名目だけが残った。あんさつし。あんぜつし。
※宇津保(970‐999頃)国譲下「宰相には右大弁すゑふさ、右大将、あぜちかけ給」
② 宮中、院に仕える女官の呼び名。上臈(じょうろう)の女官のうち、やや下位の者につける。
※女房の官しなの事(1382)「大納言局。中納言局。左衛門督。帥。按察使。ゑもんのかみ。これらは上らふの付名也。此うちにもあぜちなどはいささか心ありてさがりたるなり」
[語誌]アゼチの読みは、「按察」の呉音読みアンセチが連濁してアンゼチとなり、かつ平安中期以前にはn撥音の仮名が未発達で零表記されたアゼチが定着したもの。「按察使」と書いてもアゼチと「使」を不読にしていたことは平安朝公家日記、例えば「後二条師通記」では「按察」「按察使」の両形が恣意的に混用されていることによって知られる。

あんさつ‐し【按察使】

〘名〙
① (「あんざつし」とも) =あぜち(按察使)
※続日本紀‐養老三年(719)七月庚子「始置按察使
② 明治二年(一八六九)東北地方の動揺を鎮め、民情視察のために置かれた職。のちに越後にも置かれたが、翌年廃止。

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世界大百科事典内の按察使の言及

【按察使】より

…唐は全国を10道に分けたが,最初は特定の官を置かず,巡察使,存撫使などの名で,地方の水旱,刑獄,勤務状況などを査察させた。711年(景雲2)それが10道按察使として固定し,改廃もあったが,玄宗時代まで継承され,秋冬に受持州県を巡察した。これが日本にも導入され按察使(あぜち)となる。…

【道】より

…のち元以降,道は省と府州・県との中間の区画に変わる。元では宣慰使司・粛政廉訪使司の管区の道,明・清では布政使に属する分守道,按察使に属する分巡道などがある。民国の初めにも省と県の中間に道が置かれたが,まもなく廃止された。…

※「按察使」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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