日本大百科全書(ニッポニカ)「笠」の解説
笠
かさ
被(かぶ)り物の一種。一般に低円錐(えんすい)形につくり、これに紐(ひも)などをつけてかぶる。差し傘と区別して、「かぶりがさ」ともいう。初め笠はおもに雨具として用いられたが、のち外出の際に顔面を隠すために使われ、ついで広く屋外の労働に、雨除(よ)け・日除けとして男女ともに用いられた。
笠の歴史は古く、中国最古の詩集『詩経』に初見され、それ以後今日まで広く東南アジア各地で使用されている。日本でも早く『日本書紀』にみえ、埴輪(はにわ)にも多く造形されている。平安時代には、頂部に巾子(こじ)とよぶ突起のある綾藺(あやい)笠が、武士の旅行・流鏑馬(やぶさめ)や田楽(でんがく)法師に用いられ、また女子の外出用には広く市女(いちめ)笠が愛用されるようになった。やがて鎌倉・室町時代に入ると、露頂(ろちょう)の風がおこり、男子も外出に藺笠・菅(すげ)笠など笠を着用することが多くなり、女子の間では相変わらず市女笠が用いられていた。江戸時代になると、笠はますます男女の間に広く行われ、各種のものが用いられたが、明治以後は、種々の帽子が普及したため、あまり用いられなくなった。
笠の材料としては、イグサ・稲藁(いねわら)の茎、タケ・ヒノキ・マツ・スギの削り片(きれ)、スゲ・麦藁の茎、竹皮、ビロウの葉、綿布、和紙、獣皮などが使われた。これらの材料でつくられた笠は、その組織により、編(あみ)笠、組(くみ)笠、縫(ぬい)笠、押(おさえ)笠、張(はり)笠、およびこれらの笠に油・渋・漆など二次的加工を加えた塗(ぬり)笠の6種に分類される。
(1)編笠は、イグサ・稲藁などの茎で、円錐形、円錐台形、帽子形、円筒形、漏斗(ろうと)形、二つ折り形に編んでつくる。一般にアミガサ、イガサの名でよばれ、着用装置も簡単で、紐で行われることが多い。平安時代の綾藺笠、江戸時代の熊谷(くまがい)笠・十符編笠(とふのあみがさ)・目狭(めせき)笠・深(ふか)編笠・忍(しのび)笠・一文字(いちもんじ)・富士颪(おろし)・天蓋(てんがい)(虚無僧(こむそう)笠)・六部(ろくぶ)笠などは、代表的な編笠である。日笠として広く日本全土に分布し、古くから男女に着用され、とくに女性は農耕・行商・網曳(あみひ)きなどの日除け用として、男性は葬送・祭礼・盆踊りなど特殊な場合に着用した。
(2)組笠は、タケ・ヒノキなどの削り片で、円盤形、半円球形、円錐形に組んでつくる。その組織には平(ひら)組みと網代(あじろ)組みとがあり、一般にヒノキガサ、アジロガサの名でよばれ、その着用装置には、小型のものは台輪、大型のものには枕(まくら)・耳輪などの笠当(かさあて)をつけた。江戸時代に網代(あじろ)笠・綾笠・騎射(きしゃ)笠などとよばれたものは多くタケの組笠であった。古く大和(やまと)大峰(おおみね)の修験者(しゅげんじゃ)が着用したが、その分布は近畿・中部の農山村が中心で、日除けとして軽快であるうえに雨除けにも用いられ、主として男子の屋外作業用に着用された。
(3)縫笠は、スゲ・麦藁などで、円盤形、円錐形、円錐台形、帽子形、半円球形、褄折(つまおり)形、桔梗(ききょう)形に縫いつづってつくる。一般にスゲガサの名でよばれ、平安時代の市女笠・桔梗笠、江戸時代の殿中(でんちゅう)・三度笠・褄折笠・ざんざら笠・加賀笠・菅笠・平笠などは、いずれもスゲの縫笠であった。その分布はほとんど全国的で、雨笠として広く男女に着用された。
(4)押笠は、竹皮・ビロウの葉などをタケの骨組みの上からかぶせ、円錐形、帽子形、半円球形、褄折形、桔梗形に押さえ止めてつくる。一般に竹皮笠はタケノコガサ、バッチョーガサ、蒲葵(びろう)笠はコバガサ、ビロウガサの名でよばれ、江戸時代の竹子(たけのこ)笠・はちく笠・路地(ろじ)笠・蜻蛉(とんぼ)笠・駕籠屋(かごや)笠・薩摩(さつま)笠などがそれである。その分布は近畿以西の西日本で、晴雨兼用として着用されていた。
(5)張笠は、布・紙・皮などをタケの骨組みの上に、円錐形、半円球形、褄折形、桔梗形に張ってつくる。江戸時代の陣笠や、明治・大正時代に人力車夫・郵便配達夫などの使用した饅頭(まんじゅう)笠などがある。
(6)塗笠は、油・渋・漆などを塗ったもので、江戸時代に塗笠・葛籠(つづら)笠・陣笠・韮山(にらやま)笠などがあった。現在ではほとんど着装されることがなくなった。
また、笠は古くから、単なる被り物としてではなく、祭礼における神聖な呪具(じゅぐ)としても扱われ、芸能や口承文芸においても重要な役割を果たしている。たとえば、異郷から訪れる神は簑笠(みのかさ)姿で顔を隠していると考えられ、その示現した神霊が、笠を外して木に掛けたのが笠掛け松の伝説となり、ほかに「隠れ簑笠」などの昔話にも隠れ笠や飛び笠など笠の呪術性を示す話がある。
[宮本瑞夫]
『宮本馨太郎著『かぶりもの きもの はきもの』(『民俗民芸双書24』1968・岩崎美術社)』▽『中村たかを著『日本の民具』(1981・弘文堂)』