コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

細川護煕 ほそかわもりひろ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

細川護煕
ほそかわもりひろ

[生]1938.1.14. 東京
政治家。旧熊本藩主細川家の第 18代当主。 1963年上智大学法学部卒業後,朝日新聞社に入社。約5年の記者生活を経て 71年7月の参議院全国区で初当選。自民党では田中派に属し,大蔵政務次官,国体委員長を歴任する。2期 12年ののち,83年に熊本県知事に当選。「日本一づくり運動」などのユニークな県政を行うが,みずから3選不出馬を表明して引退。 91年に行政改革審議会の「豊かな暮らし」部会長に就任したのち,日本の国家行政システムの抜本的改革の必要性を痛切に感じて新党結成を決意。 92年5月に雑誌誌上にて新党宣言を発表,日本新党を結成する。短期間に候補者をそろえて同年7月の参議院選挙にのぞみ4議席を獲得。この議席を足掛りとして政権交代の実現を目指し,93年7月の衆議院選挙に出馬。当人を含めて 31議席を獲得して「連立」のキャスティング・ボートを握り,翌月首相に就任。 94年4月政治資金運用などを追求され辞任。その後,98年には議員を辞職した。祖父は細川護立 (美術史家) ,近衛文麿 (元首相) 。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

ほそかわ‐もりひろ〔ほそかは‐〕【細川護煕】

[1938~ ]政治家。東京の生まれ。旧熊本藩主細川家当主。新聞記者を経て昭和46年(1971)自民党から参議院議員に。同58年、熊本県知事。平成4年(1992)日本新党を結成し参院選に当選。翌年、衆院選に鞍替え出馬し当選。同党と新生党社会党公明党民社党など8党派の連立政権首相となり自民党を下野させた。同6年、金銭スキャンダルに追われ首相を辞任。→羽田孜

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

細川護煕【ほそかわもりひろ】

政治家。東京都生れ。上智大卒。旧熊本藩主の家に生まれ,母方の祖父は近衛文麿。新聞記者,参議院議員(自由民主党),熊本県知事を経て,日本新党を結成し代表,再び参議院議員。
→関連項目小沢一郎行政改革自由民主党新生党新党さきがけ政党法

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

細川護煕 ほそかわ-もりひろ

1938- 昭和後期-平成時代の政治家。
昭和13年1月14日生まれ。細川護貞の長男。旧熊本藩主細川家18代。朝日新聞記者をへて46年参議院議員。58年熊本県知事。平成4年日本新党を結成し参議院にもどる(通算当選3回)。5年衆議院議員(当選2回)に転じ,8党派の連立内閣をつくり,首相。「政治改革」法を成立させた。のち新進党,フロムファイブ,民政党結党にくわわる。10年民主党結成に参加するが,直後に議員を辞職。24年後藤新平賞。26年東京都知事選に出馬したが落選。東京出身。上智大卒。

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

細川護煕の関連キーワード小選挙区比例代表並立制ウルグアイ・ラウンドエネルギー基本計画「つくる会」教科書統一会派「改新」民主党(日本)日露・日ソ関係行政改革審議会細川護煕内閣内閣総理大臣社会民主連合細川連立内閣土井たか子石田幸四郎日本社会党細川 護立近衛 文麿民主社会党鳩山由紀夫羽田孜内閣

今日のキーワード

俳句甲子園

1998年から松山市で開かれる全国高等学校俳句選手権大会。高校生が5人1組で句の優劣をディベートで競い合う。チームでの勝敗とは別に、個人の最優秀句も選ぶ。今年は過去最多の41都道府県から121校、15...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android

細川護煕の関連情報