出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
福井県鯖江市にある真宗山元派(やまもとは)の本山。山号は山元山。越前真宗四本山の一つ。寺伝では親鸞の長子善鸞の法系を引くとし,いわゆる越前三門徒の一つである。三河和田門徒に発する大町の如道の弟子道性によって寺基が固められた。道性は本願寺覚如の長子存覚と親交があり,1346年(正平1・貞和2)京都に上った道性の宿舎に存覚が尋ねてきたこと(《存覚一期記》)や,52年(正平7・文和1)には存覚が道性の本尊に裏書きしていること(《存覚袖日記》)などが知られる。道性が証誠寺を開いたのは85年(元中2・至徳2)といわれるが,史料上の初見は1428年(正長1)書写の《撰択集延書》(三重県専修寺蔵)である。応仁の乱にあたり京都出雲路の毫摂(ごうしよう)寺が越前に下り当寺に寄寓したため,両寺の法系が入り混じり,また69年(文明1)証誠寺善栄のごとく本願寺に帰参するものもあった。こうして江戸初期までに真宗各派中の最小の教団となり,江戸期には天台宗京都聖護院の院家であった。1872年(明治5)本願寺派に転じ,78年別派独立し,所在地の旧庄名によって山元派を名のった。
執筆者:大桑 斉
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福井県鯖江(さばえ)市横越(よこごし)町にある真宗山元(やまもと)派の本山。山元山護念院と称し、横越本山ともいう。本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)。真宗越前(えちぜん)四本山の一つ。浄土真宗の開祖親鸞(しんらん)が越前(福井県)山元庄(しょう)に一宇を建立し、善鸞(ぜんらん)、浄如(じょうにょ)が後を継ぎ、1304年(嘉元2)後二条(ごにじょう)天皇の勅願を得て現山寺号を称したという。1475年(文明7)8世道性(どうしょう)の代に現在地に移転した。しかし一説には、横越門徒を形成した道性が1385年(至徳2)に開創し、その後の1475年に現在地に移転したとも伝える。室町末期から江戸時代にかけて山元派門徒はたびたび分裂し、当寺も衰退した。江戸時代には一時天台宗の聖護院(しょうごいん)に属したが、明治になってから真宗に戻り、1878年(明治11)に一山独立した。本尊の阿弥陀如来像は恵心僧都(えしんそうず)作と伝える。
[祖父江章子]
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