詩学が韻文芸術の本質を論じ,さらには現在文学と呼ばれるフィクション,つまり散文の小説をも扱うのに対し,詩法は韻文の作り方を扱う。詩法は各国語の韻律,イントネーションやアクセントによって規定されている。とくに音節の数,詩句1行内の韻律,語のアクセントによる配列,そして脚韻が主要な韻律要素であるが,各国語の性質によりこれらの一部のみを要素とすることがある。日本語は音節のみで韻文を作り,5・7あるいは7・5が基本になるが,英語ではアクセントの配置による強弱の韻律(例,アイアンバス)と韻とがそれに加わる。フランス語ではアクセントが意味の切れ目でもあるリズム段落にくるので,強弱の韻律はなく,音節の数と韻で詩が構成される。韻に関しても各国語の特性により変わる。中国語の四声,フランス語の男性韻,女性韻(最後に-eで終わる)の組合せなどである。
また,歌われる題材により詩句の長さ,組合せが異なるし(例,フランス詩で英雄をたたえるには10音節,8~10行のオード形式),定型詩もその韻律上の制約の多さのゆえに,かえって詩人に好まれた(漢詩の七言絶句,西欧詩のソネットなど)。1行の詩句でも,例えばフランス詩でいちばん長いアレクサンドラン(12音節)では,息の切れ目(=意味の切れ目)が6音節の終り(句切り)にあり,古典詩では必ず守られねばならなかった。その6音節(半句)の中で多様なリズムを駆使して名声を得たのはラシーヌであり,またユゴーらロマン派はこの句切りにこだわらないことを主張した。
詩の歴史における変革はつねに詩法の変革を伴ったもので,ロマン派以降,西欧の詩では,また新体詩以後の日本の詩でも,詩型の拘束を逃れ,さまざまな韻律を試みたあと,自由詩へと動いていく。しかし言葉の内在的リズムを生かすという方向は変わらず,古典的詩型はなお基本として学ばれている。
執筆者:福井 芳男
中国では,詩法は韻律,技巧,形式,構造,風格から作詩理念に及び,古来さまざまな議論があったが,詩法を示すのにおおよそ二つの方法があった。一つは著述あるいは文章によって主張するもので,今一つは規範となるべきアンソロジーを編集することである。本格的な作詩活動は3世紀から始まるが,詩を作ることに対する方法論的反省は5~6世紀の交,斉梁(せいりよう)期に始まる。この時期には沈約(しんやく)らの音律論が発展し,《文選》《玉台新詠》の二大アンソロジーが作られた。唐代には詩を作ることに全精力が注がれ,詩法論議はあまり盛んでないが,詩人の間に口伝で行われた詩法はあったと思われ,僧皎然(きようねん)の《詩式》および,日本の僧空海の《文鏡秘府論》が詩法の書として残されている。
宋代以後は,詩話と称する,詩に関するエッセー集が大量に編まれ,その中で詩法論議が展開されることが多くなった。とりわけ南宋の厳羽の《滄浪(そうろう)詩話》は,詩法を理論的に分析した専門的著述である。《三体詩》は初歩的なアンソロジーであるが,実接,虚接などの詩法をあげ,実作を例示して作詩の入門書として便利であった。宋代にはまた黄庭堅が〈換骨奪胎〉〈点鉄成金〉という,古人の詩句を生かして新しい詩を創造する詩法を提唱,江西詩派を形成した。唐代にも韓愈(かんゆ)や白居易の周辺に流派が形成されており,方法論的反省を伴っていたと思われるが,詩法によって明確な流派を形成したのは,江西詩派が最初である。
明以後,流派の形成は詩法をめぐって行われた。明の中・後期には唐詩の言語表現の修得を詩法とする古文辞派が全盛をきわめた。《唐詩選》はこの派の入門書として編まれたアンソロジーである。古文辞派とそれに反発する公安・竟陵(きようりよう)派の対立は清に入り,格調,神韻,性霊三派の対立となった。なお,日本の詩法については〈歌論〉〈俳論〉〈詩語〉などの項目を参照されたい。
→韻律 →詩 →詩学
執筆者:入谷 仙介
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…〈詩〉あるいは〈詩〉の創作にかかわる研究・分析・論考をさす言葉。ただしここでいうところの〈詩〉とは,狭い意味でのいわゆる詩ばかりではなく(このような比較的狭い範囲のものを扱う場合には,〈詩法〉〈詩論〉の用語もしばしば用いられる),文学一般,さらにロシア・フォルマリズムの登場以後の現代においては,まったく違う視座から,芸術全般,文化全般をも含むものとなっている。そのような意味での今日における詩学とは,文化の,あるいは文化の創生にかかわる構造,あるいは〈内在的論理〉とでもいうべきものの解明の学になっているといってもよかろう。…
※「詩法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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