語部(読み)かたりべ

日本大百科全書(ニッポニカ)「語部」の解説

語部
かたりべ

古代の一つ。古伝承り伝えて宮廷の儀式で奏上した。『延喜式(えんぎしき)』によると、践祚大嘗祭(せんそだいじょうさい)に、伴宿禰(とものすくね)、佐伯(さえき)宿禰は、美濃(みの)8人、丹波(たんば)2人、丹後(たんご)2人、但馬(たじま)7人、因幡(いなば)3人、出雲(いずも)4人、淡路(あわじ)2人の語部を率いて参加し、語部の古詞(ふるごと)を奏した。「其(そ)の音、祝詞(のりと)に似たり」という古詞の内容は現在伝えられていないが、おそらく天皇霊の「死と再生」の始源の物語や、その継承の由来伝承であったと想像される。それが宮廷儀礼に取り入れられる以前の段階には、地方豪族の首長権継承にあたって、各地の聖水における御阿礼(みあれ)(神の誕生)や御贄(みにえ)貢進の寿詞(よごと)として、さまざまに伝えられたもので、その背景には新嘗(にいなめ)の神事が存在したようである。現在、確認される語部の分布が、東は遠江(とおとうみ)、美濃、西は出雲、備中(びっちゅう)の範囲を出ないので、案外早い時期に宮廷の儀礼に入れられたと考えられている。

[井上辰雄]

『井上辰雄著『古代王権と語部』(1979・教育社)』

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精選版 日本国語大辞典「語部」の解説

かたり‐べ【語部】

〘名〙
① 大化前代、古伝承を語り伝え、儀礼の場で寿詞を奏することを職掌とした部民。奈良時代にはすでに形式化し、平安時代に大嘗祭(だいじょうさい)などの儀式の時に美濃、丹波、出雲等の諸国から召集されて、古詞を奏した。永徳三年(一三八三)頃にはこれも廃止された。かたらいべ。
正倉院文書‐天平一一年(739)出雲国大税賑給歴名帳「鰥戸主語部刀良 年七十 〈〉戸主語部君瓔口語部酒津女 年六十五」
昔話や戦争体験などを次代に語り伝える者をいう。
[語誌]①について、伴奏に叙情性の強い短いものを「歌」とよぶのに対し、「語り」は比較的長く無伴奏で節をつけたものをいう。元来共同体の宗教的儀礼の場で伝承を語っていたものが発展、形式化して、令制以前に職業的集団となった。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「語部」の解説

語部
かたりべ

大和朝廷に仕え,旧辞,伝説などを語ることを司ったといわれる民。語部の職掌は,記憶,口誦によって歴史,神話などを伝承することにあり,「記紀」の神話なども語部の伝承をもとにしたものであるといわれていたが明確ではない。古くは宗教的儀式に神語天語歌などを語ったが,のち宮廷の宴遊娯楽に語りごとを唱えるようになった。奈良時代以後,大嘗祭のとき,美濃,丹波,丹後,但馬,因幡,出雲,淡路から集められ,伴宿禰 (とものすくね) ,佐伯宿禰に率いられて古詞を奏した。『延喜式』には,左,右衛門がこれらの語部を集めて古詞を唱える練習をしたとある。

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デジタル大辞泉「語部」の解説

かたり‐べ【語部】

古代、古伝承を語り伝え、公式の場で奏した部。平安時代には践祚せんそ大嘗祭だいじょうさいのとき、美濃丹波丹後但馬たじま因幡いなば出雲淡路の7か国から召されて古詞を奏した。かたらいべ。
ある物事を後の代に語り伝える人。「戦争の語部
[類語]話者話し手語り手ナレータースピーカー

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旺文社日本史事典 三訂版「語部」の解説

語部
かたりべ

古代,大和政権に仕えて古伝承を語り伝えることを職とした部民
大和政権の祭祀行事で古詞 (ふること) を奏する役割を分担した。氏にも氏の家系や伝承を語り伝える特定のものがあったとみられる。

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