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豊橋[市](読み)とよはし

百科事典マイペディアの解説

豊橋[市]【とよはし】

愛知県南東部,西は三河湾,南は遠州灘に面し豊橋平野を占める市。1906年市制。中心市街は中世に今橋と呼ばれ,のち吉田と改め,明治初年豊橋に改称。中世以来の城下町で,特に16世紀末池田輝政15万石の城下となり町が整備され,東海道吉田宿としても栄えた。明治以後,紡織工業都市,軍都として発展。第2次大戦で戦災にあったが,戦後の復興は著しく,1972年豊橋港が国際貿易港として開港以来,港を中心に臨海工業地域が形成されて大きく発展した。輸送用機器,電気機器,プラスチック工業などが盛んで,1兆円以上(2003)の製造品出荷額を上げる工業都市となり,東三河地区の中核をなしている。また温暖な気候と水利に恵まれ,野菜栽培が盛んで,全国有数の農業粗生産額を上げている。東海道本線・新幹線,飯田線,名鉄名古屋本線,豊橋鉄道が通じる。261.86km2。37万6665人(2010)。
→関連項目豊橋技術科学大学

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世界大百科事典 第2版の解説

とよはし【豊橋[市]】

愛知県南東部の市。1906年市制。人口35万2982(1995)。渥美半島の付け根に位置する。豊橋平野の南半分を占め,北部に豊川,中部に梅田川が西流して三河湾に注ぐ。市街地南部には文教・住宅地区としての高師(たかし)原,さらにその南には天伯(てんぱく)原洪積台地が広がり,数十mの海食崖によって遠州灘に面している。牛川人として知られる化石人骨を出土した牛川洞窟遺跡,縄文時代嵩山蛇穴(すせじやあな)(史),弥生時代瓜郷遺跡(史),古墳としては権現山古墳などがある。

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世界大百科事典内の豊橋[市]の言及

【二川】より

…1843年(天保14)の家数は328軒で,そのうち本陣・脇本陣が1軒ずつ,旅籠屋が38軒あった。1955年豊橋市に合体。【渡辺 和敏】。…

【吉田】より

…戸数は年によって変動するが約1000軒前後,人口は1712年(正徳2)に7219人とある。1869年(明治2)版籍奉還の際,豊橋と改称したのは豊川にかかる橋の名によるといわれる。吉田藩【吉永 昭】。…

※「豊橋[市]」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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