越前(市)(読み)えちぜん

日本大百科全書(ニッポニカ) 「越前(市)」の意味・わかりやすい解説

越前(市)
えちぜん

福井県中部にある市。2005年(平成17)武生市(たけふし)、今立(いまだて)郡今立町が合併して成立。市名は市域に古代、越前国の国府が置かれたことによる。東、南、西の三方を山に囲まれた武生盆地の南部に位置し、中心の武生市街は日野(ひの)川のつくる扇状地にある。JR北陸本線、福井鉄道福武線、北陸自動車道、国道8号、365号、417号が通じる。

 日野川より東、味真野(あじまの)扇状地を含む地域に岩内山(いわうちやま)古墳群、味真野古墳群など古墳時代の遺構が多く確認され、味真野には男大迹(おおど)王(継体天皇)が住んだとの伝承が残る。古代には北陸道の門戸の位置にあたる武生に越前国府が置かれた。越前国府には国分寺総社なども創建され政治・交通の中心地として開け、『源氏物語』の作者紫式部は国司となった父に伴われて移り住んだとされる。中世には越前守護所、戦国期、朝倉氏の時代には府中奉行(ふちゅうぶぎょう)所が置かれ、府中とよばれた。織田信長が越前を平定すると、1575年(天正3)市域を含む一帯はいわゆる府中三人衆に分与され、前田利家は府中城に、不破光治は竜門寺(りゅうもんじ)城に、佐々成政は五分市(ごぶいち)に小丸(こまる)城(城跡は県指定史跡)を築いて在城した。府中城は1613年(慶長18)以降は福井藩の家老本多氏4万石の居館となり、明治を迎える。府中城主本多氏初代富正は、府中の整備や日野川の治水工事、町用水・道路工事などを行い、打刃物や織物など地場産業の発展にも力を尽くし、武生の基礎を築いた。城福寺の枯山水庭園は国指定名勝。越前万歳は国の重要無形民俗文化財。

 現在、産業としては鎌倉時代からの「越前打刃物」の伝統を継ぐ包丁類、越前和紙として知られる今立地区の和紙、紙加工業、絹・合繊などの繊維工業、電気機器、木工などがある。面積230.70平方キロメートル、人口8万0611(2020)。

[編集部]


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