量案(読み)りょうあん

改訂新版 世界大百科事典 「量案」の意味・わかりやすい解説

量案 (りょうあん)

朝鮮で用いられていた土地台帳。田案,導行帳,鉄券台帳ともいう。国家は土地把握のための量田(検地)をしばしば行ったが,その結果を記録したのが量案で,高麗時代にすでに作製されていたことは確実である。現存する量案によると,1筆の土地ごとに(1)字号と地番,(2)量田の方向,(3)土地の等級,(4)土地の形状と地目,(5)東西南北の尺数,(6)結負(けつぷ)(面積),(7)四方の土地の形状と所有者,(8)耕作中(起)か休耕中(陳)かの区別,(9)所有者名(地税負担者名とする説もある)などが記載されている。字号は結負(結負制)が5結に達するごとに改められ,その順は《千字文》によった。量案は3部作られ,戸曹・道・郡におのおの1部ずつ保管された。規定では20年ごとに量田が行われることになっていたが,実際にはそれほど頻繁に実施されず,特に李朝後期になると1720年の量田を最後として,大規模な量田は行われなくなった。末期には量田を行う役所として量地衙門,地契衙門が設立されたが,この時期に作製された量案は旧来のものと形式が異なっており,新量案と呼ぶ。日韓併合以後は地方官庁に保存され,朝鮮土地調査事業でも参考資料として利用されたが,1938年に廃棄処分となった。そのため現存する量案は李朝後・末期の,限られた地方のものであるが,社会経済史研究の第一級の史料となっている。
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「量案」の意味・わかりやすい解説

量案
りょうあん
yang-an; ryang-an

朝鮮,朝鮮王朝(李朝)の土地台帳。田案,導行帳ともいう。量案の形式は測量年(干支月日田畑の所在地名が表記され,5結ごとに『千字文』の順序に従う字号がつけられ,測量の順序,土地の等級,地形,結負(面積),境界,土地所有者名,耕作人名とその移動,田畑,宅地果樹竹林堰堤などの測量計数が記録されている。量案は農産物徴税のためだけでなく,徭役そのほか公課の基準となり,財政全体の基礎資料であった。土地台帳は統一新羅時代(→新羅)にすでに制作されており,高麗時代の初めには地力を基とした田畑の 3等級制がみられる。文宗23(1069)年に量田尺(60寸を 1尺,6尺を 1歩)と結(1結は 33歩四方)とを定めた。朝鮮王朝初期はこれによって量案をつくったが,世宗26(1444)年に田畑を 6等級に分け,結負は土地の肥沃度を考慮した面積となり,これを課税の基準とした。全国的な耕地測量は高麗末期恭譲王3(1391)年に始まり,朝鮮王朝では太宗5(1405)年から始まる。『経国大典』には 20年ごとに耕地測量と量案制作とを行ない,量案は中央の戸曹,地方の道庁と郡庁に各一部を保管するとあるが,実情は数十年ごとに一部の地方で行なわれたにすぎない。量案は若干の改正が行なわれながら,1938年まで続いた。現存最古の量案は朝鮮王朝顕宗10(1669)年前後の懐仁県(忠清北道報恩郡懐北面)量案で,その後も南部諸道に散見する程度であるが,社会経済史料としてきわめて貴重なものである。

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