ある疾患が一定の地域に持続的に多発する場合,このような疾患を風土病または地方病と呼ぶ。風土病には,その地域の地理,気候,生物相,土壌などの自然環境と,住民の衣食住の様式や習慣,因習および栄養障害の有無など種々の要因が関係している。熱帯地方に風土病的にみられる疾病は,一括して熱帯病と呼ばれることがある。現在では,かつて世界各地にみられた風土病は,住民の生活水準の向上や環境衛生の向上によってだんだんと消滅する方向にあり,風土病の分布状態も時代とともに変遷している。
風土病の主要なものは伝染性の疾病で,地方的な流行の形をとる。これらの伝染性の風土病には,まず人獣共通伝染病がある。人獣共通伝染病は,脊椎動物を病原巣とし,これらの動物から直接的に,あるいは媒介動物を介して病原微生物がヒトに感染する。これらの人獣共通伝染病は,その病原巣の動物が生息する地方に発生が限られるときには,風土病的疾病として現れてくる。このようなものには,中国の奥地やインドに持続的にみられたペスト,地中海沿岸地方のマルタ熱(ブルセラ症),および世界中にみられ,日本でも各地で作州熱,天竜熱,七日熱,秋疫など特別な名称で呼ばれたレプトスピラ症などがある。
伝染性の風土病には,病原微生物が節足動物によって媒介される疾病で,媒介する節足動物の生息する地域が限られているために風土病として現れてくるものもある。これらの疾病には,カによって媒介され,熱帯地方に広くみられるデング熱,熱帯や温帯の湿地に流行するマラリア,アフリカや中南米にみられる黄熱,沖縄および南九州の島々や海岸地方にみられるフィラリア症などがある。節足動物が媒介する風土病のこのほかのものには,ツツガムシによって媒介され,秋田,山形,新潟などの各県にみられた恙虫病(つつがむしびよう),ツェツェバエが媒介する中央アフリカおよび西アフリカにみられる睡眠病などがある。
また寄生虫性疾患には,中間宿主の動物がある地域のみに生息するために風土病として現れるものがある。日本住血吸虫症は,中間宿主であるミヤイリガイが生息する広島,山梨,佐賀の各県に多発した。肺臓ジストマは,淡水ガニの生息する岡山,新潟,岐阜,徳島,熊本などの各県にみられた。
病原微生物がひき起こす疾病だけでなく,非伝染性の疾病も風土病として現れることがある。紫外線の不足によるくる病は,冬季の日光量の少ない富山,新潟,長野の各県や北ヨーロッパの山間部にみられた。また,ヨード摂取の不足する山間部には,地域によって甲状腺肥大症が多発した。かつては各種のビタミン欠乏症が,全世界的に風土病的疾病をひき起こしていた。
執筆者:川口 啓明
疫病(エピデミック)は,もともとは地球上のある地域に限局して流行していた風土病(エンデミック)である。癩,マラリア,ペスト,天然痘(痘瘡),はしか(麻疹),発疹チフス,コレラなど世界史につめあとを残した疫病も,それぞれの原発地があり,そこで小流行を繰り返していたのが,文明の発展あるいは文化の交流につれて,世界的流行(パンデミー)となったものである。そして今日,文明世界ではつぎつぎと撲滅され,再びある一地域に限局された風土病となっている。たとえば癩,マラリアは熱帯地方の風土病であったが,歴史時代に世界的流行をとげ,文明世界に深い影響を及ぼしたが,今日では再び熱帯地方の風土病に立ち戻っている。
日本についていえば,〈瘧(おこり)〉といわれたマラリアは古代から江戸時代にかけて流行していたが,今日ではみられない。日本では広い意味での寄生虫病に属する風土病が,地方ごとに流行し,長く住民を苦しめてきた。なかでも最も被害の大きかったのは恙虫病で,秋田,山形,新潟3県に注ぐ河川の流域が病巣地であった。これに次ぐ被害を与えたのは日本住血吸虫症で,江戸後期の医師藤井好直が《片山記》(1847)に記録しており,〈片山病〉ともいわれ,広島県の片山盆地のほか,山梨県の甲府盆地などの水田地帯に広がっていた。また同じころ医師本間棗軒(そうけん)(玄調)が《瘍科秘録》(1837)に記した〈食兎中毒〉は,今日ツラレミアと呼ばれる野兎(やと)病であった。そのほか,とくに山村や離島には,フィラリア,肝臓ジストマ,肺臓ジストマなどが古くから流行を繰り返していた。さらに十二指腸虫症やエキノコックス症,あるいはブユやハブによる咬症も風土病の一つといえる。
→疫病
執筆者:立川 昭二
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ある一定の地域に限って昔から多発、蔓延(まんえん)している疾患で、とくにその土地の風土、気候、生物、土壌などの自然環境と、その地方の住民の風俗、習慣、因襲などが複雑に絡み合って生じた特殊な疾患をさす。一般に、その地方の住民に対する死亡率はあまり高くないが、根絶しにくいのが特徴である。地方病ともよばれるが、ある地方に限局される疾患という意味では共通しているものの、風土環境と密接な関係をもつ点では風土病とよぶほうが適切である。
風土病の多くは感染性で、ときに流行の型をとって他の地方にも広がることがある。しかし、なかには人から人、あるいは動物から人へといった感染経路をまったくとらないものもある。たとえば、飲料水にフッ素が過剰に含まれているためにおこるという阿蘇(あそ)火山病や斑(はん)状歯のほか、地方的にみられる甲状腺腫(せんしゅ)はヨード不足によるといわれ、さらにビタミン欠乏による骨軟化症(くる病)やビタミンC欠乏症(壊血病)などもその例である。また寄生虫症の場合も、ある地方に濃厚に広がっているものは風土病として扱われる。日本の風土病で典型的なものの一つとされている日本住血吸虫症、肺吸虫症、肝吸虫症などのほか、条虫症や糸状虫症(フィラリア症)などがその例である。
なお、本来の感染症であるマラリア、コレラ、黄熱、ペスト、赤痢、腸チフス、パラチフス、デング熱、日本脳炎、野兎(やと)病、睡眠病、ツツガムシ病などは、すべて一定の地方では常在していた疾患であり、風土病的色彩が濃いものである。なかには、熱帯地方に風土病的にみられるものがあり、まとめて熱帯病とよぶこともある。
このほか、外国の風土病としては、リケッチア感染症の一種である北アメリカの山林地域に散発するロッキー山紅斑熱、トリパノソーマ感染症の一種である南アメリカに分布するサシガメに刺されて感染するシャーガス病、アフリカに常在するマンソン住血吸虫症など、数多くの風土病が知られている。
[柳下徳雄]
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