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Zēnōn ゼノンZēnōn

デジタル大辞泉の解説

ゼノン【Zēnōn】[エレア学派の哲学者]

[前490ころ~前430ころ]古代ギリシャのエレア学派哲学者パルメニデスの弟子。アリストテレスにより、弁証法とよばれた。ゼノンの逆説で有名。エレアのゼノン。

ゼノン【Zēnōn】[ストア学派の哲学者]

[前335ころ~前263ころ]古代ギリシャの哲学者。ストア学派の祖。道徳を唯一の善とし、それに基づく自足を理想とする実践哲学を主張。キプロスのゼノン。

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世界大百科事典 第2版の解説

ゼノン【Zēnōn】

435から440‐491
ローマ帝国皇帝,ビザンティン帝国皇帝。在位474‐475,476‐491年。426年生れともいわれる。前名タラシコディッサTarasikodissa。イサウリア族族長でレオ1世の要請でアスパルに代表されるゲルマン勢力に対抗するために宮廷に招かれる。皇女アリアドネと結婚しゼノンを名のる(466)。レオ1世の没後(474),7歳の息子がレオ2世として登位するが,彼が同年没したため正帝となる。475年先帝の義弟バシリスクスに帝位を奪われるが,翌年復帰し,同年西の正帝ロムルス・アウグストゥルスが没したあと,ローマ帝国唯一の皇帝となる。

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大辞林 第三版の解説

ゼノン【Zēnōn】

前490頃~前430頃) ギリシャのエレア学派の哲学者。パルメニデスの弟子。ゼノンの逆説で有名。エレアのゼノン。
前335~前264) ストア学派の創始者。アパテイアをもって、自然と一致して生きる倫理学を説いた。キプロスのゼノン。

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世界大百科事典内のZēnōnの言及

【東ゴート王国】より

…スカンジナビアを発祥地とされるゴート人は,東ゲルマン人の一派で,3世紀に東西二つの集団に分かれた。バルカン半島や小アジアなどの,自らの領域内での東ゴート族の略奪・侵入行動に悩んだビザンティン皇帝ゼノンは,テオドリック大王の率いるこの部族に,オドアケル支配下のイタリアへの遠征を勧めた。テオドリック大王の軍隊は489年から5年の歳月をかけて,493年にイタリアの平定に成功した。…

【ビザンティン帝国】より

…ニカエア(325),コンスタンティノープル(381)の両公会議ではアリウス派問題,エフェソス公会議(431)ではネストリウス派問題,カルケドン公会議(451)では単性論派問題が,いずれも〈政治的オーソドクシー〉原則(皇帝教皇主義)で処理され,同様の政治的結果を随伴した。ことに単性論問題では,非妥協的なカルケドン派のローマと,単性論を奉ずるエジプト,シリア,アルメニアなどの東方諸属州との板ばさみになってゼノン(在位474‐475,476‐491)は統一令(482)を発布したが対立を収拾できず,ローマとの教会関係断絶は519年まで続いた。 ユスティニアヌス1世(在位527‐565)は,ゲルマン民族によって奪われた旧ローマ帝国西半部の再征服を行った(533‐555)が,他方540年以降ササン朝ペルシアと交戦状態に入らねばならなかった。…

※「Zēnōn」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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