デジタル大辞泉
「名古屋市」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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名古屋市
なごやし
面積:三二七・五六平方キロ
千種区・東区・北区・西区・中村区・中区・昭和区・瑞穂区・熱田区・中川区・港区・南区・守山区・緑区・名東区・天白区
県のほぼ西北部に位置し、北は春日井市および西春日井郡、西は海部郡、南は豊明・大府・東海の三市、東は瀬戸・尾張旭の両市および愛知郡に隣接する。
地形は、市域の東北端にあたる東谷山(一九八・三メートル)を最高に、旧春日井・愛知両郡に属する東部一帯(現守山・千種・名東・天白・緑の各区)は標高五〇メートルないし一〇〇メートル内外の第三紀層の丘陵が南北に続き、中央部にも名古屋・御器所・熱田などの洪積台地(中・東・昭和・瑞穂の各区など)はあるが、北部から西部にかけて、旧春日井・愛知・海東の三郡にわたる北・西・中村・中川の諸区はおおむね低平な沖積平野となっている。とくに西南部の港区や南部の南区には、近世の干拓による広大な埋立地が広がり、庄内川や天白川など主要な河川も、東北から西南に流れて伊勢湾の北端名古屋港内に注いでいる。
古くは那古野と書き、また名護屋・浪越などとも記し、蓬左の別名もある。旧広橋家本「江家次第」裏書(東洋文庫蔵)にある建春門院法花堂領尾張国那古野庄領家職相伝系図(建春門院は平清盛の義妹滋子で高倉天皇の生母)に、平安時代末期の荘園名として現れるのが初見で、南北朝時代の写本「弘法大師御入定勘決記」(真福寺蔵)の奥書にも「尾張国那古野荘安養寺」とみえる。近世の初め、徳川家康によって名古屋城下が開かれた頃から名古屋と名護屋が併用されたが、しだいに前者に定まり、明治二二年(一八八九)現市名となった。その語源には、気候・風土がなごやかな地、ナゴ(霧)の多い原野、山や丘陵などのふもとの集落、城砦をめぐる兵舎の意、そのほか浪が高くしばしば海岸を越えるからなどの諸説がある。ナゴヤという地名は、根小屋・名越など類似のものを含めれば、肥前・筑前・豊後・駿河・伊豆・相模・下総などの各地にみられ、市域内にも根古屋(緑区)があり、それらはいずれも海辺の集落という共通点をもつので、魚子屋(魚子は漁夫の意)すなわち漁村とする説もある(塩尻、尾張国地名考)。蓬左は、古来、熱田を蓬莱山・蓬莱島あるいは蓬が島などと称したのに対し、名古屋城下がその左(北)にあたるためと伝えられ、芭蕉七部集中の「曠野」の序に「尾陽蓬左橿木堂主人荷兮子、集を編みて名をあら野といふ」とある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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名古屋〔市〕
なごや
愛知県西部,伊勢湾の湾奥にある市。県庁所在地。縄文・弥生遺跡が残ることから,古くから人が居住していたことがわかる。市名は中世の那古野荘にちなむ。1889年市制。1908年 4区制を施行。1956年政令指定都市に指定。その後,いくたびか行政区が再編されて今日では千種区,東区,北区,西区,中村区,中区,昭和区,瑞穂区,熱田区,中川区,港区,南区,守山区,緑区,名東区,天白区の 16区を置く。庄内川と天白川に囲まれ,西部は低湿な沖積地,東部は新第三紀の丘陵と洪積台地からなる。江戸時代,尾張徳川藩の城下町,熱田神宮の鳥居前町,東海道の宿場町,大須観音の寺内町を基盤として市街地が発展。今日では中部地方の交通の要衝で中京工業地帯の中核をなし,大都市圏は愛知県,岐阜県,三重県にも及び,いわゆる中部圏を形成。高等裁判所,国税局,名古屋地方気象台などの諸官庁,電力,新聞,放送などの事業所,東海旅客鉄道の本社,銀行,証券取引所,デパート,各種問屋などがあり,政治,経済,文化活動の中心機能が集中している。鉄鋼,機械,化学,繊維,製陶などの近代工業が盛ん。名古屋港は 20世紀初頭に開港して以来,自動車,陶磁器,鉄鋼などを輸出する大貿易港である。名古屋空港(小牧空港。2005年に名古屋飛行場と名称変更)には,2005年に愛知県常滑市沖に中部国際空港が開港するまでは,国内線・国際線ともに多くの定期便が発着していた。市街地は幅広い道路が整然と通り,市民 1人あたりの公園緑地も広く,第2次世界大戦後の都市計画の評価は高い。名古屋大学をはじめ国公私立の大学,徳川美術館,愛知芸術文化センター,愛知県体育館,名古屋市公会堂,ナゴヤドーム,名古屋城,名古屋テレビ塔,東山動植物園などがある。面積 326.50km2(境界未定)。人口 233万2176(2020)。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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